ッドやクライというのは、実は、政府に傭われている間諜であって、フランス生れの被告に近づいて無理に交際を結び証拠を捏造してフランスの間諜として告発し、当時のフランスに対する国民的反感を利用して政府への人気を博そうとしたのであり、そういう類のことを職業にしている人間なのである。それがダーネーとカートンとの容貌の類似という思付きから失敗させられ、終日公判が続いた後に陪審官は遂に無罪放免の評決をする。死刑囚を見るつもりで集って青蠅のように騒いでいた観衆は、その当が外れて青蠅のように裁判所から去ってゆく。この章で、カートンとマネット嬢とダーネーとの三人の最初の交渉が微妙に始っている。
第四章 祝い その夜。法廷の廊下で、釈放されたばかりのダーネーを取囲んで祝いを述べるマネット、その娘リューシー、ロリー、ストライヴァー。大声の太ったストライヴァー氏が改めて紹介される。遠慮、思遣り、上品、敏感など――要するに一語で正確な訳語がないが「デリカシー」というひけめは一切持ち合せていない、三十歳を少し越している男。また、マネット医師のことはここでもこの後でもたびたび書かれるが、第三巻第十章の彼の手記に至るまでは彼の過去の経歴がはっきりわからない。確かに、彼の上にはバスティーユ牢獄の濃い影が落ちているような印象を与える。この法廷の廊下で彼はダーネーの顔に何かを認める。ただ一人壁蔭の暗いところに凭れていたカートンは、皆の後から裁判所を出て、マネットとリューシーとが貸馬車で去るのを黙々と見送った後、ぶらりと鋪道へ現れ、善良な銀行員のロリーをひやかしてから、ダーネーを誘って二人で近くの飲食店へ行く。その二人の人物の対話の場面の大写し。ダーネーが去ってからのカートンの鏡に映る姿に向っての独白。それから酔って卓子《テーブル》に突っ伏して眠ってしまう彼の上に滴り落ちる不吉な運命を暗示するような蝋燭の蝋垂れ。
第五章 豺 ストライヴァーに対して豺の役目を勤めているシドニー・カートン。彼は飲食店をその夜晩く出て、テムプルのストライヴァーの事務室へ入ってゆく。作者は少年時代に二年ばかり法律事務所の見習書記をしていたことがあり、こういう法律家などを書くことも巧みである。カートンは、ストライヴァーとシュルーズベリー学校以来の同窓生であるから、年齢もやはり同じくだいたい三十歳くらいであろう。前章からこの章へと彼の性格は次第に描かれて来る。ストライヴァーは(第二巻の終りの方である一つの小さな役割を演ずる他は)このカートンの対照に書かれているのである。徹夜して酒を飲みつつ仕事をしてから、カートンはマネット嬢のことを思って憂鬱になりながら、どんよりした陰気な夜明の戸外へ出る。周囲の沙漠。一瞬の蜃気楼。浪費されている才能を抱いて埋もれている男。印象的な場面。
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第六章 何百の人々 前章から四箇月後すなわち一七八〇年七月頃。同じくロンドン。ソホー広場附近のマネット医師一家の閑静な住居が見事に描き出される。ある日曜日の午後。そこへロリー氏が訪ねる。ドーヴァーの旅館で初対面をした例のプロス嬢との対話。それによってマネット医師のことがまた語られる。なお、プロス嬢の話にちょっと出るように、彼女にはソロモン・プロスという弟があることは、この物語の後の方の章のために記憶されなければならない。嫉妬深いプロス嬢がお嬢さんに会いに来る何百[#「何百」に傍点]の人というのは、ダーネーとカートンとであった。マネットに何か衝撃《ショック》を与えたらしいダーネーのロンドン塔の囚人の話。リューシーとダーネーとの間に交される二三の簡短な、しかし愛人同志らしい対話。その家で聞える足音の反響をいつか自分たちの生活の中へ入り込んで来る足音の反響だというリューシーの空想。それに対するカートンの言葉。夜になって襲来する雷鳴と電光と豪雨。暗示的で感銘的な場面。雨が霽れて帰る途で迎えに来たジェリーはまたロリーの言葉にぎょっとする。この章の結末の数行は、漠然たる、しかし効果的な暗示の文句である。
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第七章 都会における貴族 これから三章は場面がフランスへ移り、人物はしばらく一変するが、やがて前に出た人物も登場して加わる。前章と同じく一七八〇年の夏。フランス革命の起る九年前である。この章の前半のモンセーニュールは当時のフランスの貴族の象徴的人物であり、ここに、フランスの王政封建時代末期の支配階級の戯画が、モンセーニュールのパリーの邸宅における接見会《リセプション》の場面によって、描き上げられる。この戯画もまた実に傑れており、第一巻第五章のあのサン・タントワヌ区の画面と対照されて効果的である。この章の後半からは、そのモンセーニュールの接見会《
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