ィーユの牢獄の中にいるつもりで頻りに靴を造っている変り果てた白髪のマネット。名を問われると「北塔百五番」とのみ繰返す永年の囚人。その永年の監禁のために暗雲に鎖された智力。父と娘との初めての対面。娘の髪の毛や声によって微かに甦った遠い昔の記憶。娘の永い言葉によってようやくごく微かに甦った智能。夜になってから、訪問者たちはこの甦る人ムシュー・マネットを馬車に乗せてイギリスに向ってただちにパリーを立つ。パリー市の城門でドファルジュだけが下りて別れる。街灯の下から大空の永遠の灯――星――の下へと走る馬車。第三章の駅逓馬車の中で幾度も繰返されたあの空想の対話が再びロリーの耳に戻って来て、巻を閉じる。
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第二巻 黄金の糸
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〔二十四章から成る。序曲に次ぐ展開部である。最も長くかつ変化に富む。年月は一七八〇年三月から一七九二年八月に至るまでの十二箇年余、場面はロンドンとパリーとフランスの田舎とにわたる。この作中の諸人物はほとんどすべて登場し、女主人公《ヘロイン》が彼女の黄金の糸を巻いてゆき、第三巻で起る波瀾はこの巻において完全に準備される。〕
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第一章 五年後 ロンドン。前章から五年後すなわち一七八〇年。初めに、ロンドンのテムプル関門《バー》の傍にある古風なテルソン銀行が描かれる。極めてイギリス風な銀行であることが巧みに語られている。それに附随して、テムプル関門《バー》の上に曝されている処刑者の首のことから、当時死刑ということが少しも珍しくなかったことが書かれているのは、続章に出て来る叛逆罪の裁判に対する一種の予備知識を読者に与えるためであろう。それに続いて、この銀行の戸外に息子と共にあたかも「銀行の生きた看板」であるかのような役を勤めているジェリー・クランチャー君が再び登場する。その年の三月のある朝。まず彼の私宅の場から始る。クランチャー君は、息子の小ジェリー君や、前に出た女丈夫プロス女史や、後に出て来る弁護士ストライヴァー先生と共に、この物語における喜劇的人物である。自ら「実直な商売人」と称する彼が、温順にして敬虔な細君の祈祷に頻りに文句をつけるのは、何か多少良心に疚しい所業をしているからであろう。彼のいわゆる「蹲る」ことに対してさんざん毒づいた後に、彼は小ジェリーを連れて銀行へ御出勤になり、大小二匹の猿のように銀行の前に陣取る。当時十二歳の小猿は父親の指にいつも鉄の銹がついているのを不思議がる。
第二章 観物 銀行(の戸外)へ出勤したジェリーはまもなく裁判所行の御用を仰せつかり、ロリー氏が行っているオールド・ベーリーへ入ってゆく。このジェリーの描写や会話によって読者は諧謔作家としてのディッケンズに幾分接することが出来る。このオールド・ベーリーにおける叛逆事件の公判の場面で、この物語における二人の主要な人物――互いに容貌が酷似しているシドニー・カートンとチャールズ・ダーネー――が初めて登場する。もっとも、この章では、カートンの方は、まだ名も記されず、ただ「両手をポケットに突っ込んで」、「法廷の天井ばかり眺めている」、「仮髪を著けた今一人の紳士」として簡単に漠然と紹介されているだけであり、彼はこれから後の章に至って次第次第にその姿を大きく現して、最後のこの小説中の最大の人物となるのである。また、ダーネーの方は、フランスの間諜の嫌疑をかけられたこの叛逆事件の被告、恐しい死刑の判決を受くべきこの法廷の観物として現れ、その真の身分などはこの巻の第九章になって明かになるのである。被告席に立った冷静な態度の質素な彼の姿。二十五歳ばかりの青年紳士。その他に、いずれも名は次の章まで記されていないが、被告の弁護士ストライヴァー。証人として現れるマネット医師とマネット嬢。前の巻から五年たっているのだから、五十歳の紳士と二十二歳の令嬢である。
第三章 当外れ いよいよ被告チャールズ・ダーネーの叛逆罪の公判が始る。検事長閣下の滔々たる論告。検事側の証人ジョン・バーサッド及びロジャー・クライに対する被告の弁護士ストライヴァー氏の対質訊問。それに対するすこぶる怪しげな答弁。次に、ロリー氏と、マネット嬢と、マネット医師との証言によって、五年前に彼等が一緒にフランスからイギリスへ渡った時のこと、マネット嬢とダーネー氏とが初めて逢った時のこと、マネット医師がロンドンに居住したこと、その他が簡短に述べられる。それから、更に公判が進み、ストライヴァーが同僚弁護士であるカートンの注意によってカートンとダーネーとの容貌の酷似を利用して相手側の一証人の証言を粉砕する。次に、彼の被告に対する弁護。このバーサ
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