ィリャム・ウィルキー・コリンズ(一八二四―一八八九)であり、ディッケンズはこのコリンズと共作したこともある。ディッケンズは小説家となる前に俳優になろうとしたことがあるくらいで、劇に対しては生涯強い熱情を抱いていて、素人演劇をしばしば試みていたのであった。コリンズのその劇の主人公のリチャード・ウォーダーの没我的な性格が、ディッケンズにこの小説の主要な観念――それはこの作の終りの方に至ってわかる――を思い付かせ、遂にそれをこの作の主要な人物シドニー・カートンに再現したのである。
私は、これらの頁の中になされかつ……実感したのである この強烈な言葉はディッケンズにあっては決して空しい嘘ではないであろう。ディッケンズの想像力は非常に強烈であって、彼の作中の人物は彼にとっては常に実在の人物であり、あるいは彼自身の分身であった。彼は筆を執りつつその作中の人物と共にあるいは笑いあるいは泣き、作中人物のことをあたかも実在の人物であるかのように妻や友人たちに語り、一篇の小説を書き了《おわ》ってその中の人物と別れる時には心から彼等との別れを惜しみ、彼の作の「骨董店」の少女ネルの死や同じく「ドムビー父子」のポール・ドムビーの死などを書いた後には親しい友を失った人のように歎き悲しんで眠ることが出来ずに暁までも街々をさまよい歩いたという。この「二都物語」中の諸人物も彼の心を完全に捉えたことは想像に難くない。
カーライル氏の驚歎すべき書物 トマス・カーライル(一七九五―一八八一)の「フランス革命史(一八三七)をさす。コリンズの劇によって得た著想を表現するに当って作者がフランス革命を材料としたことについては、カーライルのこの書に負うところがはなはだ大であった。また、作者はフランス革命の資料についてはカーライルから数多の参考書を得てそれに拠ったという。
タヴィストック館 一八五一年から五九年までの間ディッケンズの住んでいたロンドンの家。
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〔第一巻 甦る〕
〔第一章 時代〕
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イギリスの玉座には………… 当時のイギリスの国王はジョージ三世(一七三八―一八二〇)、王妃はシャーロット・ソファイア(一七四四―一八一七)であった。シャーロットは肥満していて不器量であった。フランスの国王はルイ十六世(一七五四―一七九三)、王妃はマリー・アントワネット(一七五五―一七九三)であった。
心霊的な啓示が………… 迷信が盛んであったことをさす。
サウスコット夫人 ジョアナ・サウスコット(一七五〇―一八一四)。もと女中であったが、後に宗教狂となり、一宗派を創立し、押韻の予言を述べ、奇蹟を行う風をし、自分をヨハネ黙示録第十二章に記されている婦であると称した。その信徒十万以上に達したと言われる。この一七七五年には二十五歳であった。
ウェストミンスター 今日はロンドン市の一区であるが、以前は別の町であったのである。旧ロンドン市の西南にある。
雄鶏小路の幽霊 一七六二年、ロンドンのスミスフィールドの雄鶏小路のある家に出たという当時有名だった幽霊。こつこつと叩いたりその他の奇妙な音が聞え、ケント夫人という女の幽霊だと言い触らされて、ロンドン中の大騒ぎとなり、永い間多くの人々が瞞された。これはパースンズという男が十一歳の自分の娘に叩かせていたのだということが発見されて、パースンズは処罰された。この一七七五年から十二年前のことである。
ただの音信が、つい先頃、アメリカにおける英国臣民の会議から………… 一七七五年の七月にアメリカにおけるイギリス植民地の住民から「代議士選出権なき課税」に対してイギリス本国に抗議して来たことをさす。
この音信の方が……人類にとってもっと重要なものであるということが………… これがアメリカ独立戦争の導火線となり、アメリカ合衆国の独立によってデモクラシーの思想は新旧両世界を風靡し、遂にフランス革命が起るに至ったからである。
楯と三叉戟との姉妹国 イギリスをさす。「楯と三叉戟」は海神ネプテューンの標章であり、イギリスの紋章ではブリタニアをあらわす女人像が海の女王の象徴として楯と三叉戟とを持っているのである。
紙幣を造ってはそれを使い果して………… 財政窮乏のために紙幣を濫発して、国勢が衰えつつあったことをいう。
歴史上にも怖しい……枠細工 フランス革命当時に用いられた歴史上にも有名なかの断頭台をさす。枠細工の上の方に重い刃物が附いていて、それが差し伸べられている処刑者の首へ滑り落ち、その首が転がり込む嚢が附いていたのである。
本市 ロンドン市の中央の最も繁華な商業区。昔の本来のロンドンの区域であった処。
「首領」 当時の有名な追剥の名。
駅逓馬車 宿継馬車。宿駅と宿駅と
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