まるで命がけのように丘を駈け下りてゆき、飲用泉のところへ著くまでは一度も止りはしなかったのであった。
 村のすべての人々は飲用泉のところに集り、いつものふさぎ込んだ様子であたりに立って、低い声で囁き合っていたが、しかし冷かな好奇心と驚きより他《ほか》には何の感情も現さなかった。大急ぎで牽いて来られて、何でもその辺のものに繋がれた牛は、ぼんやりと見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]したり、寝そべって、中途で止《や》めになった彼等の逍遥の間に拾い喰っておいた、別にそれだけの骨折をした甲斐もない食物を口の中へ戻して反芻したりしていた。館の人々の何人かと、宿駅の人々の何人かと、租税を取立てる役人の全部とは、多少の武装をして、何もない小さな街路の今一方の側に役にも立たないようなのにかたまっていた。既に、例の道路工夫は五十人の特別に親しい友達の群《むれ》の真中へ入り込んでいて、あの青い帽子で自分の胸を敲いていた。こういうすべてのことは何を前兆したのであろう? また、ムシュー・ガベルが馬上の召使の背後にひらりと飛び乗ると、馬が(荷は二倍になったにもかかわらず)、そのガベルを、ドイツの民謡のレオノーラ★を新たに演じたように、疾駈《はやがけ》で運び去ったのは、何を前兆したのであろう?
 それは、彼方《かなた》の館で石造の顔が一つだけ多くなったことを前兆したのであった。
 ゴルゴンが夜の間にその建物を再び検分して、不足していた一つの石造の顔を附け加えたのである。ゴルゴンが約二百年の間待ちに待っていた石造の顔を。
 その顔というのは侯爵閣下の枕の上に仰向に寝ていた。それは、突然ぎょっとさせられ、憤怒させられ、石に化せられた、精巧な仮面のようであった。その顔にくっついている石の体の心臓には、一本の短刀が深く突き刺してあった。その※[#「木+覇」、第4水準2−15−85]《つか》に一片の紙が巻きつけてあって、その紙にはこう走り書きしてあった。――
「彼を速く彼の墓場へ運んでゆけ[#「彼を速く彼の墓場へ運んでゆけ」に傍点]。これは[#「これは」に傍点]ジャーク[#「ジャーク」に丸傍点]より[#「より」に傍点]。」
[#改丁]

   註

〔緒言〕
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ウィルキー・コリンズ氏の劇の…………  ウィルキー・コリンズは作者ディッケンズの友人の小説家ウ
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