モンセーニュールは、彼には聖堂中の聖堂であり、その外《そと》の一続きの幾間《いくま》かにいる礼拝者の群《むれ》にとっては最も神聖な処の中でも最も神聖な処である、彼の奥の間《ま》にいた。モンセーニュールは彼のチョコレート★を飲もうとしているところであった。モンセーニュールは非常に多くのものを易《やす》々と嚥《の》み下《くだ》すことが出来たので、少数の気むずかし屋には、フランスをまでずんずん嚥み下しているのだと想像されていた。だが、彼の毎朝のチョコレートは、料理人の他《ほか》に四人の強壮な男の手を藉りなくては、モンセーニュールの咽《のど》へ入ることさえも出来なかった。
そうだ。その幸福なるチョコレートをモンセーニュールの脣へまで持ってゆくには、四人の男が要《い》るのであった。その四人ともぴかぴかときらびやかな装飾を身に著け、その中の頭《かしら》の者に至っては、モンセーニュールの範を垂れたもうた高貴にして醇雅な様式と競うて、ポケットの中に二箇よりも少い金時計が入っていては生きてゆくことが出来ないのだった。一人の侍者はチョコレート注器《つぎ》を神聖な御前へと運ぶ。二番目の侍者はチョコレートを特にそれだけのために携えている小さな器具で攪拌して泡立たせる。三番目の侍者は恵まれたるナプキンを捧呈する。四番目の侍者(これが例の二箇の金時計を持っている男)はチョコレートを注《つ》ぐのである。モンセーニュールにとっては、こういう四人のチョコレート係《がかり》の侍者の中の一人が欠けても、この讃美にみちた天の下で彼の高い地位を保つことは出来ないのであった。もし彼のチョコレートが不名誉にもわずか三人の人間に給仕されるようなことがあったならば、彼の家名の穢《けが》れははなはだしいものであったろう。二人であったなら彼は憤死したに違いない。
モンセーニュールは昨晩もささやかな晩餐に出かけたのであった。その席では喜劇と大歌劇《グランド・オペラ》とが極めて楽しく演ぜられた。モンセーニュールは大概の晩はささやかな晩餐に出かけて、嬌艶な来会者たちに取巻かれるのであった。モンセーニュールは極めて優雅で極めて多感であらせられたので、喜劇や大歌劇《グランド・オペラ》は、退屈な国家の政務や国家の機密に与っている彼には、全フランスの窮乏よりも遥かに多く彼を動かす力があった。フランスにとっては幸福なことだ。同じよ
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