人生の上に生ずる暗合を信じないものではあるが――
 彼の話は、まだそれだけではないというのである。私はその談話をさまたげたことを再び詫びた。
「これは一年前のことですが……」と、彼は私の腕に手をかけて、うつろな眼で自分の肩を見おろしながら言った。「それから六、七カ月を過ぎて、私はもう以前の驚きや怖ろしさを忘れた時分でした。ある朝……夜の明けかかるころに、わたしがドアの口に立って、赤い灯の方をなに心なく眺めると、またあの怪しい物が見えたのです」
 ここまで話すと、彼は句を切って、私をじっと見つめた。
「それがなんとか呼びましたか」
「いえ、黙っていました」
「手を振りませんでしたか」
「振りません。燈火《あかり》の柱に倚《よ》りかかって、こんなふうに両手を顔に当てているのです」
 わたしは重ねて彼の仕科《しぐさ》を見たが、それは私がかつて墓場で見た石像の姿をそのままであった。
「そこへ行って見ましたか」
「いえ、私は内へはいって、腰をおろして、自分の気を落ちつけようと思いました。それがために私はいくらか弱ってしまったからです。それから再び外へ出てみると、もう日光が映《さ》していて、幽霊は
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