足下《あしもと》の帷幄でも、背後《うしろ》の帷幄でもない、顔が向いていた方の帷幄なのだ。彼の寝床の帷幄は側へ引き寄せられた。そして、スクルージは、飛び起きて半坐りになりながら、帷幄を引いたその人間ならぬ訪客と面と面を突き合せた。ちょうど私が今読者諸君に接近していると同じように密接して。そして、私は精神的には諸君のつい[#「つい」に傍点]手近に立っているのである。
それは不思議な物の姿であった――子供のような。しかも子供に似てると云うよりは老人に似てると云った方が可いかも知れない。(老人と云ってもただの老人ではない)、一種の超自然的な媒介物を通じて見られるので、だんだん眼界から遠退いて行って、子供の躯幹にまで縮小された観を呈していると云ったような、そう云う老人に似ているのである。で、その幽霊の頸のまわりや背中を下に垂れ下がっていた髪の毛は、年齢《とし》の所為《せい》でもあるように白くなっていた。しかもその顔には一筋の皺もなく、皮膚は瑞々《みずみず》した盛りの色沢《つや》を持っていた。腕は非常に長くて筋肉が張り切っていた。手も同様で、並々ならぬ把握力を持っているように見えた。極めて繊細に造られたその脚も足も、上肢と同じく露出《むきだし》であった。幽霊は純白の長衣を身に着けていた。そして、その腰の周りには光沢のある帯を締めていたが、その光沢は実に美しいものであった。幽霊は手に生々《いきいき》した緑色の柊の一枝を持っていた。その冬らしい表徴とは妙に矛盾した、夏の花でその着物を飾っていた。が、その幽霊の身のまわりで一番不思議なものと云えば、その頭の頂辺《てっぺん》からして明煌々たる光りが噴出していることであった。その光りのために前に挙げたようなものが総て見えたのである。そして、その光りこそ疑いもなくその幽霊が、もっと不愉快な時々には、今はその腋の下に挟んで持っている大きな消灯器《ひけし》を帽子の代りに使用している理由であった。
とは云え、スクルージがだんだん落ち着いてその幽霊を見遣った時には、これですらそれの有する最も不思議な性質とは云えなかった。と云うのは、その帯の今ここがぴかりと光ったかと想うと、次には他の所がぴかりと輝いたり、また今明るかったと思う所が次の瞬間にはもう暗くなったりするに伴れて、同じように幽霊の姿それ自体も、今一本腕の化物になったかと思うと、今度は一本
前へ
次へ
全92ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ディケンズ チャールズ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング