り廻っている人々の物音なぞは少しもなかったと云うことであった。若し夜が白昼を追い払って、この世界を占領したとすれば、そう云う物音は当然起っていた筈である。これは非常な安心であった。何故なら、勘定すべき日というものがなくなったら、「この第一振出為替手形一覧後三日以内に、エベネザー・スクルージ若しくはその指定人に支払うべし」云々は、単に合衆国の担保に過ぎなくなったろうと思われるからである。
 スクルージはまた寝床に這入った。そして、それを考えた、考えた、繰り返し繰り返し考えたが、さっぱり訳が分らなかった。考えれば考えるほど、いよいよこんぐらかってしまった。考えまいとすればするほど、ますます考えざるを得なかった。
 マアレイの幽霊は無性に彼を悩ました。彼はよくよく詮議した揚句、それは全然夢であったと胸の中で定めるたんびに、心は、強い弾機《ばね》が放たれたように、再び元の位置に飛び返って、「夢であったか、それとも夢ではなかったのか」と、始めから遣り直さるべきものとして同じ問題を持ち出した。
 鐘が更に十五分鐘を三たび鳴らすまで、スクルージはこうして横たわっていた。その時突然、鐘が一時を打った時には、最初のお見舞いを受けねばならぬことを幽霊の戒告して行ったことを想い出した。彼はその時間が過ぎてしまうまで、眼を覚ましたまま横になっていようと決心した。ところで、彼がもはや眠られないことは天国に行かれないと同様であることを想えば、これは恐らく彼の力の及ぶ限りでは一番賢い決心であったろう。
 その十五分は非常に長くて、彼は一度ならず、我知らずうとうととして、時計の音を聞き漏らしたに違いないと考えた位であった。とうとうそれが彼の聞き耳を立てた耳へ不意に聞えて来た。
「ヂン、ドン!」
「十五分過ぎ!」とスクルージは数えながら云った。
「ヂン、ドン!」
「三十分過ぎ!」
「ヂン、ドン!」
「もう後《あと》十五分」と、スクルージは云った。
「ヂン、ドン!」
「いよいよそれだ!」と、スクルージは占めたとばかりに云った、「しかも何事もない!」
 彼は時の鐘が鳴らないうちにかく云った。が、その鐘は今や深い、鈍い、空洞《うつろ》な、陰鬱な一時を打った。たちまち室中に光が閃き渡って、寝床の帷幄《カーテン》が引き捲くられた。
 彼の寝床の帷幄は、私は敢て断言するが、一つの手で側《わき》へ引き寄せられた。
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