チてみたいと思いました。
 私は荷物を運ばせるために、騾馬《らば》を二頭、それに案内人を一人やといました。あの貴族には、いろ/\世話になったのですが、私がいよ/\出発することになると、大へんな土産物までくれました。
 ところで、マルドナーダという港に着いてみると、あいにく、ラグナグ島行きの船は当分出そうもないということがわかりました。そこで、私はその港町に、しばらく滞在することになりました。そのうち二三の知合いも出来、みんな私に親切にしてくれました。ラグナグ島行きが出るまでには、まだ一月はあると聞いて、私は、そこから五リーグばかりのところにある、グラブダブドリブという島を訪ねることにしました。この町の一流の紳士が、小帆船を一隻仕立てゝ、私と一しょに行ってくれました。
 ところで、この『グラブダブドリブ』という名前は、『魔法使の島』という意味なのでした。この島は酋長がいて治めていましたが、住民は一人残らず魔法使でした。島で一番年長者が酋長になることになっていて、酋長は立派な宮殿に住んでいます。その庭園の中には、家畜、穀物、園芸などのために、小さな区切りが作ってあります。
 酋長とその家族が使っている、召使というのが、実に奇妙なのでした。酋長は、魔法を使って、死人の中から、誰でも好きな者を呼び出すことができます。そして、二十四時間限り、(それ以上は駄目でしたが)呼び出した死人を、召使として使います。だが、一度呼び出して使ったら、まずその召使は、三ヵ月間は呼び出せないことになっていました。
 私たちが、この島へ着いたのは、朝の十一時頃でしたが、連れの紳士はさっそく、酋長のところへ行って、
「実は外国人が一人、閣下にお目にかゝりたくて、わざ/\やって来たのですが、ひとつ会ってやってくださいませんか。」
 と頼みました。
 さっそくそれは許されたので、私たちは宮殿の門をくゞって行きました。門の両側には、鎧《よろい》、兜《かぶと》を着た兵士がズラリと並んでいます。そして、その兵士たちはなんともいえない恐ろしい顔つきをしているので、私は思わずゾッと寒気がしました。私たちは部屋を二つ三つ通り抜けましたが、どの部屋にも、同じような無気味な恰好の兵士が並んでいました。
 やがて、酋長の室に来ると、私たちは三度頭を下げて、おじぎをしました。それから、挨拶がすむと、酋長の席から一番下の段のところにある椅子に、私たちは腰をおろしました。
 この酋長は、飛島の言葉をよく知っていました。それで私に、旅行の話を少し聞かせてほしい、と言います。そして、彼は、
「うん、召使たちはいない方がいゝな。」
 と言いながら、ヒョイと指を動かしました。
 すると、今まで、酋長のまわりにいた召使たちが、一ペんに、すーっと消えてしまいました。私はびっくりして、しばらくは口もきけませんでした。
「いや、何でもないのですよ。怖がることはありません。」
 と酋長は言ってくれます。
 見ると、私の連れの紳士は、たび/\こんなことには馴れているらしく、まるで平気な顔をしていました。それで、私もやっと安心して、旅行の話を手短に話しました。
 それでも、私は話しながら、とき/″\どうも気になって、あの召使たちが消えてしまったあたりを振り返って見ていました。
 それから私たちは、酋長と一しょに食事をしました。すると、今度はまた別の幽霊どもが、食事を運んで来て、給仕してくれるのでした。それを見ても、私はもう最初ほど、ビク/\しなくなっていました。夕方まで私たちは酋長のところにいました。彼は泊ってゆけとすゝめましたが、私たちは無理に帰りました。私たちは、島の民家に泊り、翌朝になると、また酋長のところへ訪ねて行きました。
 こんなふうにして、私たちは十日間、この島にいました。毎日、大がい酋長のところへ行って、夜は、民家の宿へ戻るのです。私は幽霊にも馴れてしまったので、もう三四回目から平気になりました。いや、怖いのはまだ少し怖かったのですが、それよりも、とにかく、これが珍しくてたまらなくなっていたのです。
 酋長は私にこんなことを言いだしました。
「私は誰でも死人の中から、あなたの好きな人間を呼び出してあげます。そして、何でも、あなたが聞きたいと思うことを聞けば、死人に返事させます。世界はじまって以来、今日まで、どんな死人でも、呼び出すことができます。」
 私は酋長の厚意を大へん有り難く思いました。ちょうど、私たちのいた部屋からは、庭園がすっかり見わたせるようになっていました。
 私はまず最初に、何か雄大なものが見たいと思いました。
「それではひとつ、アレキサンダー大王が戦場に立っている姿を見せてください。」
 と私は言いました。
 酋長は指先をちょっと動かして合図しました。すると、私たちのいる窓の下の庭園に、戦場の光景が現れました。それから、アレキサンダー大王は、私たちの部屋へ呼ばれてやって来ました。しかし、彼の話すギリシャ語は、私にはどうもよく通じませんでした。
 次には、ハンニバルがアルプスの山を越すところを見せてもらいました。
 その次には、シーザーとポンペイが、それ/″\、陣地に立って、戦争をはじめようとしているところを見せてもらいました。そして、シーザーが大勝利をするところも見ました。
 私は次に、ひとつ最も偉い学者たちを見たいものだ、と思いました。そこで、酋長にこう頼みました。
「どうか、ホーマーとアリストテレスと、それから、その註釈家たちを、全部見せてください。」
 すると、これはまた大へんな人数で、何百人という人間が、ぞろ/\と現れて来ました。私は一目見て、ホーマーとアリストテレスの顔はすぐわかりました。
 ホーマーの方が背も高く、好男子でした。歩き方も、しゃんとしているし、それに、目はまるで人を突き刺すような、鋭い眼光でした。アリストテレスの方は、だいぶん腰が曲って、杖をついていました。それに髪も薄くなっているし、声にも力がないのでした。しかし、この二人の学者と、まわりの群衆とは、まるで何の縁故もないのだということは、私にもよくわかりました。
 私はまる五日間、まだ/\、いろんな人間や学者たちと会いました。ローマの皇帝たちにも、大てい会いました。

 いよ/\出発の日が来たので、私はグラブダブドリブの酋長と別れて、連れの紳士と一しょに、マルドナーダーへ帰りました。そして、この港で二週間ばかり待っていると、いよ/\、ラグナグ島行きの船が出ることになりました。この町の人たちは、大へん親切にしてくれて、私を、わざ/\船まで見送ってくれました。
 航海は一ヵ月かゝりました。一度は暴風雨に会ったりしましたが、一七一一年四月二十一日に私たちの船はクルメグニグ河に入りまそした。
 こゝは、ラグナグ国の東南にある港です。船は、この町から一リーグばかり手前で、錨《いかり》をおろし、水先案内に合図をしました。半時間もしないうちに、水先案内は二人連れでやって来ました。
 ところが、船員の二三の者が、私のことを、外国人で、大旅行家だと、水先案内に話してしまったのです。するとまた、水先案内は、税関吏に、私のことを話しました。そのために、私は上陸すると、さっそく厳しい検査を受けました。
 この税関吏は、バルニバービ語で、私に話しかけました。この国とバルニバービとは互に往来しているので、港町では、大てい言葉が通じるのでした。
 私はできるだけ簡単に、わかりやすく話してやりましたが、私の国はオランダだと、一つ嘘をつきました。これは、私が日本へ寄ってみようと思っていたからです。その日本では、オランダ人のほかは、一さいヨーロッパ人を上陸させない、ということを、私は知っていました。
「私はバルニバービの海岸で船が難破して岩に打ち上げられたのです。すると、ラピュタ(飛島)に見つかって、救われました。今はこれから、日本へ行こうとしているところです。日本へ行きさえすれば、船があるので、故国へ帰れます。」
 と私は役人に向って言ってやりました。すると、役人は、
「ではさっそく、宮廷へ手紙を書いてあげる。二週間もすれば返事が聞けるだろうから。しかし、それまでは、一応あなたをこちらで捕えておくことにする。」
 と言います。
 そこで、私は宿へ引っ張ってゆかれましたが、門口には、番人がちゃんと一人立っています。しかし、庭の中を歩きまわることだけは許されました。それに、私は国王の費用で、ずいぶんよく、もてなされました。また方々から、私を珍しがって、招いてくれました。私のことが、まだ話にも聞いたことのない、遠い/\国からやって来た男だと、人々の噂になっていたからです。
 私は同じ船で来た一人の青年を、通訳にやといました。この通訳を使って、私は訪ねて来る人たちと、話をすることができました。
 宮廷からの返事を待っていた頃、使者がやって来ました。それは、私と私の連れを、十頭の馬で、この通訳を使って、私は訪ねて来る人たちとトラルドラグダカまで案内してくれるというのです。私は通訳の青年のほかに連れはなかったので、彼に一しょに行ってくれるように頼み、二人の乗り物として、騾馬《らば》を一頭ずつもらいました。いよ/\出発する前に、まず、使者を一人さきに発たせることにしました。
「陛下の御足の前の塵をなめさせていたゞきたいのですが、いつお伺いしたらいゝか、御都合をお知らせくださいませ。」
 と、私の使者は王にこう申し上げました。
 はじめ私は、『塵をなめる』というのは、たゞ、この国の宮廷の言いまわしで、『お目にかゝる』という意味だろう、と思っていました。ところが、その後、これはほんとに塵をなめるのだということがわかりました。
 宮廷に着いて二日目に、私はいよ/\陛下の前に呼び出されました。すると、私は腹這いになれ、と命じられました。そして、陛下の前まで進んで行き、床の塵をペロ/\なめろ、と言われました。もっとも私は外国人なので、特別の扱いをされて、床は綺麗にしてありましたので、塵も大したことはなかったのです。しかし、これは全く特別扱いで、この国の一番偉い人と同じように扱ってくれたわけです。
 ひどいのになると、宮廷で気に入らない人がやって来ると、わざ/\塵をまき散らしておくのです。
 私はこの宮廷で、ある大官が口の中を塵だらけにして、ものも言えず困っているところを見ました。もしこんな場合、相手が陛下の前で、唾を吐いたり、口を拭いたりしたら、すぐ死刑にされてしまいます。
 それからこの宮廷では、もう一つ、面白くない慣習があります。それは、もし王が誰か家来をそっと死刑にしてやろうと思われると、この床の上に、毒の粉をまき散らすように、お命じになります。それを家来がなめれば、二十四時間で死んでしまうというのです。しかし、こうして死刑がすむと、あとは必ず床についている毒を綺麗に洗い落しておくよう、お命じになります。
 あるとき、私は一人の侍童がひどく叱られているのを見ました。それは、床にまいた毒を、あとで綺麗に掃除しておかなかったからです。そのため、一人の立派な青年が、陛下の前で、毒をなめて死んでしまいました。そのとき、陛下は、彼を殺そうとはちょっともお考えにならなかったので、ひどく残念がられました。
 王は私との会見が大へんお気に召されました。
 私と通訳に宮中の部屋を貸してくださって、毎日、食事とお小遣を与えてくれました。私は王にすゝめられて、この国に三ヵ月間滞在しました。ラグナグ人は、礼儀正しい国民でした。私は上流貴族と、おもに附き合いました。通訳つきで話をしたのですが、気まずいものではなかったのです。

     4 死なゝい人間

 ある日のことでした。一人の紳士がふと私にこんなことを尋ねました。
「あなたはこの国のストラルドブラグというものを見ましたか。これは『死なゝい人間』という意味なのですが。」
「あいにくまだ見ていません。しかし、死なゝい人間なんて、一たい、どうして、そんな名前をつけるのですか。そのわけを教えてください。」

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