私は思つてゐた。が不幸の直後本家から一緒にならうといふ話の出た時、おばあさんは顏色を變へて、いやだと云つた。それ以來今日まで本家は隱居所の生活に指一本觸れない態度のままだつた。だが私から見れば、今は追放令下にしよんぼりとしてゐるが、一時は華かな官僚であり、有望な政治家ともみえた長男の傍から、謂はばその日暮しの末女の私の疎開先へ死にに來るおばあさんを、幸福だとは思へなかつた。おばあさん自身にしても、二三日とか一週間とか云つてみるのは、世間への本家の顏を立てる爲で、内心は未知の伊東へ死にに行くつもりなのに違ひなかつた。私はおばあさんの一生懸命な足取を見るにつけ、悲壯といつたやうなものも感ぜざるを得なかつた。
 駈け拔いて切符を求めると、私は一度三人について歩廊まで降りたが、女中の分の切符まで持つてきてしまつたのに氣付いて、もう一度改札口の方へ戻つて行つた。ちやうど其處へ、よそいきのモンペに早變りした女中が、息をはずませながら走り寄つてきた。時間はまだ充分あるのだからと劬りながらもう一度降りにかかると、オレンヂ色の薄光をまともに受けた三人が、帽子を手に持つた一人の紳士と挨拶を交してゐるのがだ
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