二年の七月|廿《にぢう》三号の表紙を替《か》へて(桂舟《けいしう》筆《ひつ》花鳥風月《くわてうふうげつ》の図《づ》)大刷新《だいさつしん》と云《い》ふ訳《わけ》に成《な》つた、頻《しきり》に西鶴《さいかく》を鼓吹《こすゐ》したのは此《こ》の時代で、柳浪《りうらう》、乙羽《おとは》、眉山《びさん》、水蔭《すゐいん》などが盛《さかん》に書き、寒月《かんげつ》露伴《ろはん》の二氏《にし》も寄稿《きかう》した、而《さう》して挿絵《さしゑ》は桂舟《けいしう》が担当《たんとう》するなど、前々《ぜん/\》の紙上から見ると頗《すこぶ》る異色《いしよく》を帯びて居《ゐ》ました、故《ゆえ》に之《これ》を第《だい》六|期《き》と為《す》る、我楽多文庫《がらくたぶんこ》の生命《せいめい》は第《だい》六|期《き》で又《また》姑《しばら》く絶滅《ぜつめつ》したのです、二十二年の十月発行の廿《にぢう》七号を終刊《しうかん》として、一方《いつぱう》には都《みやこ》の花《はな》が有り、一方《いつぱう》には大和錦《やまとにしき》が有つて、いづれも頗《すこぶ》る強敵《きやうてき》、吾《わ》が版元《はんもと》も苦戦《くせん》
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