はんざつ》に成《な》つて来て、修学《しうがく》の片手業《かたてま》に余《あま》るのと、(三)は金港堂《きんこうどう》の優勢《いうせい》に圧《おさ》れたのです、それでも未《ま》だ経済《けいざい》の立たんやうな事は無かつたのです、然《しか》し労《らう》多《おほ》くして収《をさ》むる所が極《きは》めて少いから可厭《いや》に成《な》つて了《しま》つたので、石橋《いしばし》と私《わたし》と連印《れんいん》で、同益社《どうえきしや》へは卅円《さんぢうゑん》の月賦《げつぷ》かにした二|百円《ひやくゑん》余《よ》の借用証文《しやくようしやうもん》を入れて、それで中坂《なかさか》の店を閉ぢて退転《たいてん》したのです、
此《こ》の前年《ぜんねん》の末《すゑ》に私《わたし》を訪《たづ》ねて来たのが、神田《かんだ》南乗物町《みなみのりものちやう》の吉岡書籍店《よしをかしよじやくてん》の主人《しゆじん》、理学士《りがくし》吉岡哲太郎《よしをかてつたらう》君《くん》です、私《わたし》が文壇《ぶんだん》に立つに就《つ》いては、前後《ぜんご》三人《さんにん》の紹介者《せうかいしや》を労《わづらは》したので、其《そ》
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