》と硯友社《けんいうしや》との縁《えん》は都《みやこ》の花《はな》の発行と与《とも》に断《たゝ》れて了《しま》つたのです、刮目《くわつもく》して待つて居《を》ると、都《みやこ》の花《はな》なる者が出た、本も立派《りつぱ》なれば、手揃《てぞろひ》でもあつた、而《さう》して巻頭《くわんたう》が山田《やまだ》の文章、憎《にく》むべき敵《てき》ながらも天晴《あつぱれ》書きをつた、彼《かれ》の文章は確《たしか》に二三|段《だん》進んだと見た、さあ到《いた》る処《ところ》都《みやこ》の花《はな》の評判で、然《さ》しも全盛《ぜんせい》を極《きは》めたりし我楽多文庫《がらくたぶんこ》も俄《にはか》に月夜《げつや》の提灯《てうちん》と成《な》つた、けれども火は消《き》えずに、十三、十四、十五、(翌《よく》二十二年の二月|出版《しゆつぱん》)と持支《もちこた》へたが、それで到頭《たう/\》落城《らくじやう》して了《しま》つたのです、此《こ》の滅亡《めつばう》に就《つ》いては三つの原因《げんいん》が有るので、(一)は印刷費《いんさつひ》の負債《ふさい》、(二)は編輯《へんしう》と会計との事務《じむ》が煩雑《
前へ
次へ
全46ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング