《さ》らせたとは後《のち》にぞ思合《おもひあは》されたのです、今だに一《ひと》つ話《ばなし》に残《のこ》つて居《ゐ》るのは、此際《このさい》の事です、何《なん》でも雑誌を売らなければ可《い》かんと云《い》ふので、発行日《はつかうび》には石橋《いしばし》も私《わたし》も鞄《かばん》の中へ何十部《なんじふぶ》と詰《つ》め込《こ》んで、而《さう》して学校へ出る、休憩時間《きふけいじかん》には控所《ひかえじよ》の大勢《おほぜい》の中を奔走《ほんそう》して売付《うりつ》けるのです、其頃《そのころ》学習院《がくしうゐん》が類焼《るいしやう》して当分《たうぶん》高等中学《こうとうちうがく》に合併《がつぺい》して居《ゐ》ましたから、此《こゝ》へも持つて行つて推売《おしう》るのです、学生時代《がくせいじだい》の石橋《いしばし》と云《い》ふ者は実に顔が広かつたし、且《かつ》前《ぜん》に学習院《がくしうゐん》に居《ゐ》た事があるので、善《よ》く売りました、第一《だいいち》其《そ》の形《かたち》と云《い》ふものが余程《よほど》可笑《をかし》い、石橋《いしばし》が鼻目鏡《はなめがね》を掛《か》けて今こそ流行《は
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