古羽織《ふるばおり》に托鉢僧《たくはつそう》のやうな大笠《おほがさ》を冠《かぶ》つて、六歩《ろつぱう》を踏《ふ》むやうな手付《てつき》をして振込《ふりこ》んで来たのです、文章を書くと云《い》ふよりは柔術《やはら》を取りさうな恰好《かつかう》で、其頃《そのころ》は水蔭亭主人《すゐいんていしゆじん》と名宣《なの》つて居《ゐ》ました、
扨《さて》雑誌は益※[#二の字点、1−2−22]《ます/\》売れるのであつたが、会計《くわいけい》の不取締《ふとりしまり》と一《ひと》つには卸売《おろしうり》に行《ある》かせた親仁《おやじ》が篤実《とくじつ》さうに見えて、実は甚《はなは》だ太《ふと》い奴《やつ》であつたのを知らずに居《ゐ》た為《ため》に、此奴《こいつ》に余程《よほど》好《よ》いやうな事を為《さ》れたのです、畢竟《つまり》売捌《うりさばき》の方法が疎略《そりやく》であつた為《ため》に、勘定《かんじやう》合つて銭《ぜに》足《た》らずで、毎号《まいがう》屹々《きつ/\》と印刷費《いんさつひ》を払《はら》つて行つたのが、段々《だん/\》不如意《ふによい》と成《な》つて、二号《にがう》おくれ三|号《がう》おくれと逐《おは》れる有様《ありさま》、それでも同益社《どうえきしや》では石橋《いしばし》の身元《みもと》を知つて居《ゐ》るから強い督促《とくそく》も為《せ》ず、続いて出版を引受《ひきう》けて居《ゐ》たのです、此《こ》の雑誌は廿《にぢう》一年の五月|廿《にぢう》五日の出版《しゆつぱん》で、月二回の発行で、是《これ》も九|号《がう》迄《まで》続いて、拾号《じふがう》からは又《また》大いに躰裁《ていさい》を改《あらた》めて(十月|廿《にぢう》五日|出版《しゆつぱん》)頁数《ページすう》を倍《ばい》にして、別表紙《べつびやうし》を附《つ》けて、別摺《べつずり》の挿画《さしゑ》を二|枚《まい》入れて、定価《ていか》を十|銭《せん》に上げました、表紙は朱摺《しゆずり》の古作者印譜《こさくしやいんぷ》の模様《もやう》で、形《かたち》は四六|倍《ばい》、然《さ》して紙数《しすう》は無かつたけれど、素人《しろうと》の手拵《てごしらえ》にした物としては、頗《すこぶ》る上出来《じやうでき》で、好雑誌《こうざつし》と云《い》ふ評《ひやう》が有つたので、是《これ》が我楽多文庫《がらくたぶんこ》の第四期です、
第三期に小説の筆を執《と》つた者は、美妙斎《びめうさい》、思案外史《しあんぐわいし》、丸岡九華《まるをかきうくわ》、漣山人《さゞなみさんじん》、私《わたし》と五人《ごにん》であつたが、右の大改良後《だいかいりやうご》は眉山人《びさんじん》と云《い》ふ新手《あらて》が加《くはゝ》つた、其迄《それまで》は川上《かはかみ》は折※[#二の字点、1−2−22]《をり/\》俳文《はいぶん》などを寄稿《きかう》するばかりで、とんと小説は見せなかつたのであります、所《ところ》が十三号の発刊《はつかん》に臨《のぞ》んで、硯友社《けんいうしや》の為《ため》に永《なが》く忘《わす》るべからざる一大変事《いちだいへんじ》が起《おこ》つた、其《それ》は社の元老《げんらう》たる山田美妙《やまだびめう》が脱走《だつそう》したのです、いや、石橋《いしばし》と私《わたし》との此《この》時の憤慨《ふんがい》と云《い》ふ者は非常《ひじやう》であつた、何故《なにゆゑ》に山田《やまだ》が鼎足《ていそく》の盟《ちかひ》を背《そむ》いたかと云《い》ふに、之《これ》より先《さき》山田《やまだ》は金港堂《きんこうどう》から夏木立《なつこだち》と題《だい》する一冊《いつさつ》を出版しました、是《これ》が大喝采《だいくわつさい》で歓迎《くわんげい》されたのです、此頃《このごろ》軟文学《なんぶんがく》の好著《こうちよ》と云《い》ふ者は世間《せけん》に地を払《はら》つて無かつた、(書生気質《しよせいかたぎ》の有つた外に)其処《そこ》へ山田《やまだ》の清新《せいしん》なる作物《さくぶつ》が金港堂《きんこうどう》の高尚《こうせう》な製本《せいほん》で出たのだから、読書社会《どくしよしやくわい》が震《ふる》ひ付《つ》いたらうと云《い》ふものです、因《そこ》で、金港堂《きんこうどう》が始《はじめ》て此《こ》の年少詩人《ねんせうしじん》の俊才《しゆんさい》を識《し》つて、重《おも》く用《もち》ゐやうと云《い》ふ志《こゝろざし》を起《おこ》したものと考へられる、此《この》時|金港堂《きんこうどう》の編輯《へんしう》には中根淑氏《なかねしゆくし》が居《ゐ》たので、則《すなは》ち此《この》人が山田《やまだ》の詞才《しさい》を識《し》つたのです、其《それ》と与《とも》に一方《いつぱう》には小説雑誌の気運《きうん》が日増《ひまし》に熟《じゆ
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