く》して来たので、此際《このさい》何《なに》か発行しやうと云《い》ふ金港堂《きんこうどう》の計画《けいくわく》が有つたのですから、早速《さつそく》山田《やまだ》へ密使《みつし》が向《むか》つたものと見える、
此方《こちら》は暢気《のんき》なものだから那様《こんな》事《こと》とは些《ちつと》も知らない、山田《やまだ》も亦《また》気振《けぶり》にも見せなかつた、けれども前《さき》にも言ふ如《ごと》く、中坂《なかさか》に社を設《まう》けてからは、山田《やまだ》は全《まつた》く社務《しやむ》に与《あづか》らん姿であつたから、社の方でも山田《やまだ》の平生《へいぜい》の消息《せうそく》を審《つまびらか》にせんと云《い》ふ具合《ぐあひ》で、此《こ》の隙《すき》が金港堂《きんこうどう》の計《はかりごと》を用《もちゐ》る所で、山田《やまだ》も亦《また》硯友社《けんいうしや》と疎《そ》であつた為《ため》に金港堂《きんこうどう》へ心が動いたのです、当時《たうじ》は実《じつ》に憤慨《ふんがい》したけれど、考へて見れば無理《むり》の無い所で、而《さう》して此間《このかん》の事は硯友社《けんいうしや》のヒストリイから云《い》ふと大いに味《あぢは》ふ可《べ》き一節《いつせつ》ですよ、
其内《そのうち》に金港堂《きんこうどう》に云々《しか/″\》の計画が有ると云《い》ふ事が耳に入《い》つた、其前《そのぜん》から達筆《たつぴつ》の山田《やまだ》が思ふやうに原稿《げんかう》を寄来《よこ》さんと云《い》ふ怪《あやし》むべき事実が有つたので、這《こ》は捨置《すてお》き難《がた》しと石橋《いしばし》と私《わたし》とで山田《やまだ》に逢《あひ》に行《ゆ》きました、すると金港堂《きんかうどう》一|件《けん》の話が有つて、硯友社《けんいうしや》との関係を絶《た》ちたいやうな口吻《くちぶり》、其《それ》は宜《よろし》いけれど、文庫《ぶんこ》に連載《れんさい》してある小説の続稿《ぞくかう》だけは送つてもらひたいと頼《たの》んだ、承諾《しようだく》した、然《しか》るに一向《いつかう》寄来《よこ》さん、石橋《いしばし》が逢《あ》ひに行つても逢《あ》はん、私《わたし》から手紙を出しても返事が無い、もう是迄《これまで》と云《い》ふので、私《わたし》が筆を取つて猛烈《まうれつ》な絶交状《ぜつかうじやう》を送つて、山田《やまだ》と硯友社《けんいうしや》との縁《えん》は都《みやこ》の花《はな》の発行と与《とも》に断《たゝ》れて了《しま》つたのです、刮目《くわつもく》して待つて居《を》ると、都《みやこ》の花《はな》なる者が出た、本も立派《りつぱ》なれば、手揃《てぞろひ》でもあつた、而《さう》して巻頭《くわんたう》が山田《やまだ》の文章、憎《にく》むべき敵《てき》ながらも天晴《あつぱれ》書きをつた、彼《かれ》の文章は確《たしか》に二三|段《だん》進んだと見た、さあ到《いた》る処《ところ》都《みやこ》の花《はな》の評判で、然《さ》しも全盛《ぜんせい》を極《きは》めたりし我楽多文庫《がらくたぶんこ》も俄《にはか》に月夜《げつや》の提灯《てうちん》と成《な》つた、けれども火は消《き》えずに、十三、十四、十五、(翌《よく》二十二年の二月|出版《しゆつぱん》)と持支《もちこた》へたが、それで到頭《たう/\》落城《らくじやう》して了《しま》つたのです、此《こ》の滅亡《めつばう》に就《つ》いては三つの原因《げんいん》が有るので、(一)は印刷費《いんさつひ》の負債《ふさい》、(二)は編輯《へんしう》と会計との事務《じむ》が煩雑《はんざつ》に成《な》つて来て、修学《しうがく》の片手業《かたてま》に余《あま》るのと、(三)は金港堂《きんこうどう》の優勢《いうせい》に圧《おさ》れたのです、それでも未《ま》だ経済《けいざい》の立たんやうな事は無かつたのです、然《しか》し労《らう》多《おほ》くして収《をさ》むる所が極《きは》めて少いから可厭《いや》に成《な》つて了《しま》つたので、石橋《いしばし》と私《わたし》と連印《れんいん》で、同益社《どうえきしや》へは卅円《さんぢうゑん》の月賦《げつぷ》かにした二|百円《ひやくゑん》余《よ》の借用証文《しやくようしやうもん》を入れて、それで中坂《なかさか》の店を閉ぢて退転《たいてん》したのです、
此《こ》の前年《ぜんねん》の末《すゑ》に私《わたし》を訪《たづ》ねて来たのが、神田《かんだ》南乗物町《みなみのりものちやう》の吉岡書籍店《よしをかしよじやくてん》の主人《しゆじん》、理学士《りがくし》吉岡哲太郎《よしをかてつたらう》君《くん》です、私《わたし》が文壇《ぶんだん》に立つに就《つ》いては、前後《ぜんご》三人《さんにん》の紹介者《せうかいしや》を労《わづらは》したので、其《そ》
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