に在る! 確に在るやうだ!」
「大相感心なすつてゐらつしやるぢや御座いませんか」
「大きに感心した」
「ぢやきつと胸に中《あた》る事がお有《あん》なさるので御座いますね」
「ははははははは。何為《なぜ》」
「でも感心あそばし方が凡《ただ》で御座いませんもの」
「ははははははは。愈《いよい》よ面白い」
「あら、さうなので御座いますか」
「はははははは。さうなのとはどうなの?」
「まあ、さうなのですね」
彼は故《ことさら》に※[#「※」は「目+登」、481−6]《みは》れる眼《まなこ》を凝《こら》して、貫一の酔《ゑ》ひて赤く、笑ひて綻《ほころ》べる面《おもて》の上に、或者を索《もと》むらんやうに打矚《うちまも》れり。
「さうだつたらどうかね。はははははは」
「あら、それぢや愈《いよい》よさうなので御座いますか!」
「ははははははははは」
「可けませんよ、笑つてばかりゐらしつたつて」
「はははははは」
第 三 章
惜くもなき命は有り候《さふらふ》ものにて、はや其《それ》より七日《なぬか》に相成候《あひなりさふら》へども、猶《なほ》日毎《ひごと》に心地|苦《くるし》く相成候やうに覚え候のみにて、今以つて此世《このよ》を去らず候へば、未練の程の御《おん》つもらせも然《さ》ぞかしと、口惜《くちをし》くも御恥《おんはづかし》く存上参《ぞんじあげまゐ》らせ候。御前様《おんまへさま》には追々《おひおひ》暑《あつさ》に向ひ候へば、いつも夏まけにて御悩み被成候事《なされさふらふこと》とて、此頃《このごろ》は如何《いか》に御暮《おんくら》し被遊候《あそばされさふらふ》やと、一入《ひとしほ》御案《おんあん》じ申上参《まをしあげまゐ》らせ候。
私事《わたくしこと》人々の手前も有之候故《これありさふらふゆゑ》、儀《しるし》ばかりに医者にも掛り候へども、もとより薬などは飲みも致さず、皆《みな》打捨《うちす》て申候《まをしさふらふ》。御存じの此疾《このわづらひ》は決して書物の中には載せて在るまじく存候を、医者は訳無くヒステリイと申候。是もヒステリイと申候外は無きかは不存申候《ぞんじまをさずさふら》へども、自分には広き世間に比無《たぐひな》き病の外の病とも思居り候ものを、さやうに有触れたる名を附けられ候は、身に取りて誠に誠に無念に御座候。
昼の中《うち》は頭重《つむりおも》く、胸閉ぢ、気疲劇《きづかれはげし》く、何を致候も大儀《たいぎ》にて、別《わ》けて人に会ひ候が※[#「※」は「勞/心」、482−8]《うるさ》く、誰《たれ》にも一切《いつせつ》口《くち》を利《き》き不申《まをさず》、唯独《ただひと》り引籠《ひきこも》り居り候て、空《むなし》く時の経《た》ち候中《さふらふうち》に、此命《このいのち》の絶えず些《ちと》づつ弱り候て、最期《さいご》に近く相成候が自《おのづ》から知れ候やうにも覚《おぼ》え申候《まをしさふらふ》。
夜《よ》に入《い》り候ては又気分変り、胸の内|俄《にはか》に冱々《さえざえ》と相成《あひなり》、なかなか眠《ねぶ》り居り候空は無之《これなく》、かかる折に人は如何やうの事を考へ候ものと思召被成《おぼしめしなされ》候や、又其人私に候はば何と可有之候《これあるべくさふらふ》や、今更申上候迄にも御座候はねば、何卒《なにとぞ》宜《よろし》く御判《おんはん》じ被遊度《あそばされたく》、夜一夜《よひとよ》其事のみ思続け候て、毎夜寝もせず明しまゐらせ候。
さりながら、何程思続け候とても、水を覓《もと》めて逾《いよい》よ焔《ほのほ》に燃《や》かれ候に等《ひとし》き苦艱《くげん》の募り候のみにて、いつ此責《このせめ》を免《のが》るるともなく存《ながら》へ候《さふらふ》は、孱弱《かよわ》き女の身には余《あまり》に余に難忍《しのびがた》き事に御座候。猶々《なほなほ》此のやうの苦《くるし》き思を致候《いたしさふらふ》て、惜むに足らぬ命の早く形付《かたづ》き不申《まをさざ》るやうにも候はば、いつそ自害致候てなりと、潔く相果て候が、※[#「※」は「しんにょう+向」、483−1]《はるか》に愈《まし》と存付《ぞんじつ》き候《さふら》へば、万一の場合には、然《さ》やうの事にも可致《いたすべく》と、覚悟極めまゐらせ候。
さまざまに諦《あきら》め申候《まをしさふら》へども、此の一事は迚《とて》も思絶ち難く候へば、私《わたくし》相果《あひは》て候迄《さふらふまで》には是非々々一度、如何に致候ても推《お》して御目《おんめ》もじ相願ひ可申《まをすべく》と、此頃は唯其事《ただそのこと》のみ一心に考居《かんがへを》り申候《まをしさふらふ》。昔より信仰厚き人達は、現《うつつ》に神仏《かみほとけ》の御姿《おんすがた》をも拝《をが》み候やうに申候へば、私とても此の一念の力ならば、決して※[#「※」は「りっしんべん+(篋−竹)」、483−6]《かな》はぬ願にも無御座《ござなく》と存参《ぞんじまゐ》らせ候。
(三) の 二
昨日《さくじつ》は見舞がてらに本宅の御母様《おんははさま》参《まゐ》られ候。是《これ》は一つは唯継事《ただつぐこと》近頃|不機嫌《ふきげん》にて、とかく内を外に遊びあるき居り候処《さふらふところ》、両三日前の新聞に善からぬ噂出《うはさい》で候より、心配の余《あまり》様子見に参られ候次第にて、其事に就き私へ懇々《こんこん》の意見にて、唯継の放蕩致候《ほうとういたしさふらふ》は、畢竟《ひつきよう》内《うち》のおもしろからぬ故《ゆゑ》と、日頃の事一々誰が告げ候にや、可恥《はづかし》き迄に皆知れ候て、此後は何分心を用ゐくれ候やうにと被申候《まをされさふらふ》。私事《わたくしこと》其節《そのせつ》一思《ひとおも》ひに不法の事を申掛け、愛想《あいそ》を尽され候やうに致し、離縁の沙汰《さた》にも相成候《あひなりさふら》はば、誠に此上無き幸《さいはひ》と存付《ぞんじつ》き候へども、此姑《このしうとめ》と申候人《まをしさふらふひと》は、評判の心掛善き御方にて、殊《こと》に私をば娘のやうに思ひ、日頃《ひごろ》の厚き情《なさけ》は海山にも喩《たと》へ難きほどに候へば、なかなか辞《ことば》を返し候段にては無之《これなく》、心弱しとは思ひながら、涙の零《こぼ》れ候ばかりにて、無拠《よんどころなく》身《み》の不束《ふつつか》をも詑《わ》び申候《まをしさふらふ》次第に御座候。
此命《このいのち》御前様《おんまへさま》に捨て候ものに無御座候《ござなくさふら》はば、外には此人の為に捨て可申《まをすべく》と存候《ぞんじさふらふ》。此の御方を母とし、御前様《おんまへさま》を夫と致候て暮し候事も相|叶《かな》ひ候はば、私は土間に寐《い》ね、蓆《むしろ》を絡《まと》ひ候《さふらふ》ても、其楽《そのたのしみ》は然《さ》ぞやと、常に及ばぬ事を恋《こひし》く思居りまゐらせ候。私事相果て候はば、他人にて真《まこと》に悲みくれ候は、此世に此の御方一人《おんかたひとり》に御座あるべく、第一|然《さ》やうの人を欺き、然やうの情《なさけ》を余所《よそ》に致候《いたしさふらふ》私は、如何《いか》なる罰を受け候事かと、悲く悲く存候に、はや浅ましき死様《しにやう》は知れたる事に候へば、外に私の願の障《さはり》とも相成不申《あひなりまをさず》やと、始終心に懸り居り申候《まをしさふらふ》。
思へば、人の申候ほど死ぬる事は可恐《おそろし》きものに無御座候《ござなくさふらふ》。私は今が今|此儘《このまま》に息引取り候はば、何よりの仕合《しあはせ》と存参《ぞんじまゐ》らせ候。唯後《ただあと》に遺《のこ》り候親達の歎《なげき》を思ひ、又我身生れ効《がひ》も無く此世の縁薄く、かやうに今在る形も直《ぢき》に消えて、此筆《このふで》、此硯《このすずり》、此指環、此燈《このあかり》も此居宅《このすまひ》も、此夜も此夏も、此の蚊の声も、四囲《あたり》の者は皆永く残り候に、私|独《ひと》り亡《な》きものに相成候て、人には草花の枯れたるほどにも思はれ候はぬ儚《はかな》さなどを考へ候へば、返す返す情無く相成候て、心ならぬ未練も出《い》で申候《まをしさふらふ》。
底本:「金色夜叉」新潮文庫、新潮社
1969(昭和44)年11月10日 第1刷発行
1998(平成10)年1月15日 第39刷発行
入力:柴田卓治
校正:かとうかおり
2000年2月23日公開
2003年11月7日修正
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