へる貫一の気色《けしき》なり。
「そりや彼には用は無いぢやらうけれど、君の為に言ふべきことぢやと思ふから話すのぢやが、彼は今では大いに悔悟してをるぞ。君に対して罪を悔いてをるぞ!」
 貫一は吾を忘れて嗤笑《あざわら》ひぬ。彼はその如何《いか》に賤《いやし》むべきか、謂はんやうもあらぬを念《おも》ひて、更に嗤笑《あざわら》ひ猶嗤笑ひ、遏《や》めんとして又嗤笑ひぬ。
「彼もさうして悔悟してをるのぢやから、君も悔悟するが可からう、悔悟する時ぢやらうと思ふ」
「彼の悔悟は彼の悔悟で、僕の与《あづか》る事は無い。畜生も少しは思知つたと見える、それも可からう」
「先頃計らず彼に逢うたのじや、すると、僕に向うて涙を流して、そりや真実悔悟してをるのじや。さうして僕に詑《わび》を為てくれ、それが成らずば、君に一遍逢せてくれ、と縋《すが》つて頼むのじやな、けれど僕も思ふところが有るから拒絶はした。又君に対しても、彼がその様に悔悟してゐるから容《ゆる》して遣れと勧めは為《せ》ん、それは別問題じや。但《ただ》僕として君に言ふところは、彼は悔悟して独《ひと》り苦んでをる。即《すなは》ち彼は自ら罰せられてをるのぢやから、君は君として怨《うらみ》を釈《と》いて可からうと思ふ。君がその怨を釈いたなら、昔の間に復《かへ》るべきぢやらうと考へるのじや。
 君は今のところ慰められてをらん、それで又、何日《いつ》慰めらるるとも解らんと言うたな、然しじや、彼が悔悟してからにその様に思うてをると聞いたら、君はそれを以つて大いに慰められはせんかな。君がこの幾年間に得た金銭《マネエ》、それは幾多《いくら》か知らんけれど、その寡《すくな》からん金銭《マネエ》よりは、彼が終《つひ》に悔悟したと聞いた一言《いちごん》の方が、遙《はるか》に大いなる力を以つて君の心を慰むるであらうと思ふのじやが、どうか」
「それは僕が慰められるよりは、宮が苦まなければならん為の悔悟だらう。宮が前非を悟つた為に、僕が失つた者を再び得られる訳ぢやない、さうして見れば、僕の今日《こんにち》はそれに因《よ》つて少《すこし》も慰められるところは無いのだ。憎いことは彼は飽くまで憎い、が、その憎さに僕が慰められずにゐるのではないからして、宮その者の一身に向つて、僕は棄てられた怨を報いやうなどとは決して思つてをらん、畜生に讐《あだ》を復《かへ》す価は無いさ。
 今日《こんにち》になつて彼が悔悟した、それでも好く悔悟したと謂ひたいけれど、これは固《もと》よりさう有るべき事なのだ。始にあんな不心得を為なかつたら、悔悟する事は無かつたらうに――不心得であつた、非常な不心得であつた!」
 彼は黯然《あんぜん》として空《むなし》く懐《おも》へるなり。
「僕は彼の事は言はんのじや。又彼が悔悟した為に君の失うた者が再び得らるる訳でないから、それぢや慰められんと謂ふのなら、それで可《よ》いのじや。要するに、君はその失うた者が取返されたら可いのぢやらう、さうしてその目的を以つて君は貨《かね》を殖《こしら》へてをるのぢやらう、なあ、さうすりやその貨さへ得られたら、好んで不正な営業を為る必要は有るまいが。君が失うた者が有る事は知つてをる。それが為に常に楽まんのも、同情を表してゐる、そこで金銭《マネエ》の力に頼《よ》つて慰められやうとしてゐる、に就いては異議も有るけれど、それは君の考に委《まか》する。貨《かね》を殖《こしら》ゆるも可い、可いとする以上は大いに富むべしじや。けれど、富むと云ふのは貪《むさぼ》つて聚《あつ》むるのではない、又貪つて聚めんけりや貨は得られんのではない、不正な手段を用《もちゐ》んでも、富む道は幾多《いくら》も有るぢやらう。君に言ふのも、な、その目的を変へよではない、止《た》だ手段を改めよじや。路《みち》は違へても同じ高嶺《たかね》の月を見るのじやが」
「辱《かたじけ》ないけれど、僕の迷は未だ覚めんのだから、間は発狂してゐる者と想つて、一切《いつせつ》かまひ付けずに措いてくれ給へ」
「さうか。どうあつても僕の言《ことば》は用《もちゐ》られんのじやな」
「容《ゆる》してくれ給へ」
「何を容すのじや! 貴様は俺を棄てたのではないか、俺も貴様を棄てたのじやぞ、容すも容さんも有るものか」
「今日限《こんにちかぎり》互に棄てて別れるに就いては、僕も一箇《ひとつ》聞きたい事が有る。それは君の今の身の上だが、どうしたのかね」
「見たら解るぢやらう」
「見たばかりで解るものか」
「貧乏してをるのよ」
「それは解つてゐるぢやないか」
「それだけじや」
「それだけの事が有るものか。何で官途を罷《や》めて、さうしてそんなに貧乏してゐるのか、様子が有りさうぢやないか」
「話したところで狂人《きちがひ》には解らんのよ」
 荒尾は空嘯《そらうそぶ》きて起たんと為《す》なり。
「解つても解らんでも可いから、まあ話すだけは話してくれ給へ」
「それを聞いてどう為る。ああ貴様は何か、金でも貸さうと云ふのか。No thank《ノオ サンク》じや、赤貧洗ふが如く窮してをつても、心は怡然《いぜん》として楽んでをるのじや」
「それだから猶《なほ》、どう為てさう窮して、それを又楽んでゐるのか、それには何か事情が有るのだらう、から、それを聞せてくれ給へと言ふのだ」
 荒尾は故《ことさ》らに哈々《こうこう》として笑へり。
「貴様如き無血虫《むけつちゆう》がそんな事を聞いたとて何が解るもので。人間らしい事を言ふな」
「さうまで辱《はづかし》められても辞《ことば》を返すことの出来ん程、僕の躯《からだ》は腐つて了つたのだ」
「固よりじや」
「かう腐つて了つた僕の躯《からだ》は今更為方が無い。けれども、君は立派に学位も取つて、参事官の椅子にも居た人、国家の為に有用の器《うつは》であることは、決して僕の疑はんところだ。で、僕は常に君の出世を予想し、又|陰《ひそか》にそれを祷《いの》つてをつたのだ。君は僕を畜生と言ひ、狂人と言ひ、賊と言ふけれど、君を懐《おも》ふ念の僕の胸中を去つた事はありはせんよ。今日《こんにち》まで君の外には一人《いちにん》の友《フレンド》も無いのだ。一昨年《をととし》であつた、君が静岡へ赴任すると聞いた時は、嬉くもあり、可懐《なつかし》くもあり、又考へて見れば、自分の身が悲くもなつて、僕は一日飯も食はんでゐた。それに就けても、久し振で君に逢つて慶賀《よろこび》も言ひたいと念《おも》つたけれど、どうも逢れん僕の躯《からだ》だから、切《せめ》て陰ながらでも君の出世の姿が見たいと、新橋の停車場《ステエション》へ行つて、君の立派に成つたのを見た時は、何もかも忘れて僕は唯嬉くて涙が出た」
 さてはと荒尾も心陰《こころひそか》に頷《うなづ》きぬ。
「君の出世を見て、それほど嬉かつた僕が、今日《こんにち》君のそんなに零落してゐるのを見る心持はどんなであるか、察し給へ。自分の身を顧ずにかう云ふ事を君に向つて言ふべきではないけれど、僕はもう己《おのれ》を棄ててゐるのだ。一婦女子《いつぷじよし》の詐如《いつはりごと》きに憤つて、それが為に一身を過つたと知りながら、自身の覚悟を以て匡正《きようせい》することの出来んと謂ふのは、全く天性愚劣の致すところと、自ら恨むよりは無いので、僕は生きながら腐れて、これで果てるのだ。君の親友であつた間貫一は既に亡き者に成つたのだ、とさう想つてくれ給へ。であるから、これは間が言ふのではない。君の親友の或者が君の身を愛《をし》んで忠告するのだとして聴いてくれ給へ。どう云ふ事情か、君が話してくれんから知れんけれど、君の躯は十分自重して、社会に立つて壮《さかん》なる働《はたらき》を作《な》して欲いのだ。君はさうして窮迫してゐるやうだけれど、決して世間から棄てられるやうな君でない事を僕は信ずるのだから、一箇人《いつこじん》として己の為に身を愛《をし》みたまへと謂ふのではなく、国家の為に自重し給へと願ふのだ。君の親友の或者は君がその才を用る為に社会に出やうと為るならば、及ぶ限の助力を為る精神であるのだ」
 貫一の面《おもて》は病などの忽《たちま》ち癒《い》えけんやうに輝きつつ、如此《かくのごと》く潔くも麗《うるはし》き辞《ことば》を語れるなり。
「うう、それぢや君は何か、僕のかうして落魄《らくはく》してをるのを見て気毒《きのどく》と思ふのか」
「君が謂ふほどの畜生でもない!」
「其処《そこ》じや、間。世間に貴様のやうな高利貸が在る為に、あつぱれ用《もちゐ》らるべき人才の多くがじや、名を傷《きずつ》け、身を誤られて、社会の外《ほか》に放逐されて空《むなし》く朽つるのじやぞ。国家の為に自重せい、と僕の如き者にでもさう言うてくるるのは忝《かたじけ》ないが、同じ筆法を以つて、君も社会の公益の為にその不正の業を罷《や》めてくれい、と僕は又頼むのじや。今日《こんにち》の人才を滅《ほろぼ》す者は、曰《いは》く色、曰く高利貸ぢやらう。この通り零落《おちぶ》れてをる僕が気毒と思ふなら、君の為に艱《なやま》されてをる人才の多くを一層|不敏《ふびん》と思うて遣れ。
 君が愛《ラヴ》に失敗して苦むのもじや、或人が金銭《マネエ》の為に苦むのも、苦むと云ふ点に於ては差異《かはり》は無いぞ。で、僕もかうして窮迫してをる際ぢやから、憂を分つ親友の一人は誠欲いのじや、昔の間貫一のやうな友《フレンド》が有つたらばと思はん事は無い。その友《フレンド》が僕の身を念《おも》うてくれて、社会へ打つて出て壮《さかん》に働け、一臂《いつぴ》の力を仮さうと言うのであつたら、僕は如何《いか》に嬉からう! 世間に最も喜ぶべき者は友《フレンド》、最も悪《にく》むべき者は高利貸ぢや。如何《いか》に高利貸の悪むべきかを知つてをるだけ、僕は益《ますま》す友《フレンド》を懐《おも》ふのじや。その昔の友《フレンド》が今日《こんにち》の高利貸――その悪むべき高利貸! 吾又何をか言はんじや」
 彼は口を閉ぢて、貫一を疾視せり。
「段々の君の忠告、僕は難有《ありがた》い。猶自分にも篤と考へて、この腐れた躯《からだ》が元の通潔白な者に成り得られるなら、それに越した幸は無いのだ。君もまた自愛してくれ給へ。僕は君には棄てられても、君の大いに用られるのを見たいのだ。又必ず大いに用られなければならんその人が、さうして不遇で居るのは、残念であるよりは僕は悲い。そんなに念《おも》つてもゐるのだから一遍君の処を訪ねさしてくれ給へ。何処《どこ》に今居るかね」
「まあ、高利貸などは来て貰《もら》はん方が可い」
「その日は友《フレンド》として訪ねるのだ」
「高利貸に友《フレンド》は持たんものな」
 雍《しとや》かに紙門《ふすま》を押啓《おしひら》きて出来《いできた》れるを、誰《たれ》かと見れば満枝なり。彼|如何《いか》なれば不躾《ぶしつけ》にもこの席には顕《あらは》れけん、と打駭《うちおどろ》ける主《あるじ》よりも、荒尾が心の中こそ更に匹《たぐ》ふべくもあらざるなりけれ。いでや、彼は窘《くるし》みてその長き髯《ひげ》をば痛《したたか》に拈《ひね》りつ。されど狼狽《うろた》へたりと見られんは口惜《くちを》しとやうに、遽《にはか》にその手を胸高《むなたか》に拱《こまぬ》きて、動かざること山の如しと打控《うちひか》へたる様《さま》も、自《おのづか》らわざとらしくて、また見好《みよ》げにはあらざりき。
 満枝は先《ま》づ主《あるじ》に挨拶《あいさつ》して、さて荒尾に向ひては一際《ひときは》礼を重く、しかも躬《みづから》は手の動き、目の視《み》るまで、専《もつぱ》ら貴婦人の如く振舞ひつつ、笑《ゑ》むともあらず面《おもて》を和《やはら》げて姑《しばら》く辞《ことば》を出《いだ》さず。荒尾はこの際なかなか黙するに堪《た》へずして、
「これは不思議な所で! 成程間とは御懇意かな」
「君はどうして此方《こちら》を識《し》つてゐるのだ」
 左瞻右視《とみかうみ》して貫一は呆《あき》るるのみなり。
「そりや少し識つてをる。然し、長居はお邪魔ぢやらう、大
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