。火水の中へなら飛込むがこの頼ばかりは僕も聴くことは出来ないと思つた。火水の中へ飛込めと云ふよりは、もつと無理な、余り無理な頼ではないかと、僕は済まないけれど翁さんを恨んでゐる。
 さうして、言ふ事も有らうに、この頼を聴いてくれれば洋行さして遣《や》るとお言ひのだ。い……い……いかに貫一は乞食士族の孤児《みなしご》でも、女房を売つた銭で洋行せうとは思はん!」
 貫一は蹈留《ふみとどま》りて海に向ひて泣けり。宮はこの時始めて彼に寄添ひて、気遣《きづかは》しげにその顔を差覗《さしのぞ》きぬ。
「堪忍して下さいよ、皆《みんな》私が……どうぞ堪忍して下さい」
 貫一の手に縋《すが》りて、忽《たちま》ちその肩に面《おもて》を推当《おしあ》つると見れば、彼も泣音《なくね》を洩《もら》すなりけり。波は漾々《ようよう》として遠く烟《けむ》り、月は朧《おぼろ》に一湾の真砂《まさご》を照して、空も汀《みぎは》も淡白《うすじろ》き中に、立尽せる二人の姿は墨の滴《したた》りたるやうの影を作れり。
「それで僕は考へたのだ、これは一方には翁《をぢ》さんが僕を説いて、お前さんの方は姨《をば》さんが説得しやうと云ふの
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