て、彼の整へる面《おもて》は如何なる麗《うるはし》き織物よりも文章《あや》ありて、醜き人たちは如何に着飾らんともその醜きを蔽《おほ》ふ能《あた》はざるが如く、彼は如何に飾らざるもその美きを害せざるなり。
袋棚《ふくろだな》と障子との片隅《かたすみ》に手炉《てあぶり》を囲みて、蜜柑《みかん》を剥《む》きつつ語《かたら》ふ男の一個《ひとり》は、彼の横顔を恍惚《ほれぼれ》と遙《はるか》に見入りたりしが、遂《つひ》に思堪《おもひた》へざらんやうに呻《うめ》き出《いだ》せり。
「好《い》い、好い、全く好い! 馬士《まご》にも衣裳《いしよう》と謂《い》ふけれど、美《うつくし》いのは衣裳には及ばんね。物それ自《みづか》らが美いのだもの、着物などはどうでも可《い》い、実は何も着てをらんでも可い」
「裸体なら猶《なほ》結構だ!」
この強き合槌《あひづち》撃つは、美術学校の学生なり。
綱曳《つなひき》にて駈着《かけつ》けし紳士は姑《しばら》く休息の後内儀に導かれて入来《いりきた》りつ。その後《うしろ》には、今まで居間に潜みたりし主《あるじ》の箕輪亮輔《みのわりようすけ》も附添ひたり。席上は入乱れて、
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