ここを先途《せんど》と激《はげし》き勝負の最中なれば、彼等の来《きた》れるに心着きしは稀《まれ》なりけれど、片隅に物語れる二人は逸早《いちはや》く目を側《そば》めて紳士の風采《ふうさい》を視《み》たり。
広間の燈影《ひかげ》は入口に立てる三人《みたり》の姿を鮮《あざや》かに照せり。色白の小《ちひさ》き内儀の口は疳《かん》の為に引歪《ひきゆが》みて、その夫の額際《ひたひぎは》より赭禿《あかは》げたる頭顱《つむり》は滑《なめら》かに光れり。妻は尋常《ひとなみ》より小きに、夫は勝《すぐ》れたる大兵《だいひよう》肥満にて、彼の常に心遣《こころづかひ》ありげの面色《おももち》なるに引替へて、生きながら布袋《ほてい》を見る如き福相したり。
紳士は年歯《としのころ》二十六七なるべく、長高《たけたか》く、好き程に肥えて、色は玉のやうなるに頬《ほほ》の辺《あたり》には薄紅《うすくれなゐ》を帯びて、額厚く、口大きく、腮《あぎと》は左右に蔓《はびこ》りて、面積の広き顔は稍《やや》正方形を成《な》せり。緩《ゆる》く波打てる髪を左の小鬢《こびん》より一文字に撫付《なでつ》けて、少しは油を塗りたり。濃《こ》か
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