無《あどな》さの身に浸遍《しみわた》るに堪《た》へざる思は、漫《そぞろ》に唯継の目の中《うち》に顕《あらは》れて異《あやし》き独笑《ひとりゑみ》となりぬ。この仇無《あどな》き※[#「※」は「女+兌」、59−9]《いと》しらしき、美き娘の柔《やはらか》き手を携へて、人無き野道の長閑《のどか》なるを語《かたら》ひつつ行かば、如何《いか》ばかり楽からんよと、彼ははや心も空《そら》になりて、
「さあ、行つて見ませう。御母《おつか》さんから御許《おゆるし》が出たから可いではありませんか、ねえ、貴方《あなた》、宜《よろし》いでありませう」
 母は宮の猶羞《なほは》づるを見て、
「お前お出《いで》かい、どうお為《し》だえ」
「貴方、お出かいなどと有仰《おつしや》つちや可けません。お出なさいと命令を為《な》すつて下さい」
 宮も母も思はず笑へり。唯継も後《おく》れじと笑へり。
 又人の入来《いりく》る気勢《けはひ》なるを宮は心着きて窺《うかが》ひしに、姿は見えずして靴の音のみを聞けり。梅見る人か、あらぬか、用ありげに忙《せはし》く踏立つる足音なりき。
「ではお前《まい》お供をおしな」
「さあ、行きませ
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