と、私これから少し散歩しやうと思ふのであります。これから出て、流に沿《つ》いて、田圃《たんぼ》の方を。私|未《ま》だ知らんけれども、余程景色が好いさう。御一所にと云ふのだが、大分|跡程《みち》が有るから、貴方《あなた》は御迷惑でありませう。二時間ばかりお宮さんを御貸し下さいな。私一人で歩いてもつまらない。お宮さんは胃が不良《わるい》のだから散歩は極《きは》めて薬、これから行つて見ませう、ねえ」
 彼は杖を取直してはや立たんとす。
「はい。難有《ありがた》うございます。お前お供をお為《し》かい」
 宮の遅《ためら》ふを見て、唯継は故《ことさら》に座を起《た》てり。
「さあ行つて見ませう、ええ、胃病の薬です。さう因循《いんじゆん》してゐては可《い》けない」
 つと寄りて軽《かろ》く宮の肩を拊《う》ちぬ。宮は忽《たちま》ち面《おもて》を紅《あか》めて、如何《いか》にとも為《せ》ん術《すべ》を知らざらんやうに立惑《たちまど》ひてゐたり。母の前をも憚《はばか》らぬ男の馴々《なれなれ》しさを、憎しとにはあらねど、己《おのれ》の仂《はした》なきやうに慙《は》づるなりけり。
 得も謂《い》はれぬその仇
前へ 次へ
全708ページ中81ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング