んことを望めるなり、宮はなほ言はずして可羞《はづか》しげに打笑《うちゑ》めり。
「で、何日《いつ》御帰でありますか。明朝《あした》一所に御発足《おたち》にはなりませんか。此地《こつち》にさう長く居なければならんと云ふ次第ではないのでせう、そんなら一所にお立ちなすつたらどうであります」
「はい、難有《ありがた》うございますが、少々宅の方の都合がございまして、二三日|内《うち》には音信《たより》がございます筈《はず》で、その音信《たより》を待ちまして、実は帰ることに致してございますものですから、折角の仰せですが、はい」
「ははあ、それぢやどうもな」
唯継は例の倨《おご》りて天を睨《にら》むやうに打仰《うちあふ》ぎて、杖の獅子頭《ししがしら》を撫廻《なでまは》しつつ、少時《しばらく》思案する体《てい》なりしが、やをら白羽二重《しろはぶたへ》のハンカチイフを取出《とりいだ》して、片手に一揮《ひとふり》揮《ふ》るよと見れば鼻《はな》を拭《ぬぐ》へり。菫花《ヴァイオレット》の香《かをり》を咽《むせ》ばさるるばかりに薫《くん》じ遍《わた》りぬ。
宮も母もその鋭き匂《にほひ》に驚けるなり。
「ああ
前へ
次へ
全708ページ中80ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング