念の力ならば、決して※[#「※」は「りっしんべん+(篋−竹)」、483−6]《かな》はぬ願にも無御座《ござなく》と存参《ぞんじまゐ》らせ候。
(三) の 二
昨日《さくじつ》は見舞がてらに本宅の御母様《おんははさま》参《まゐ》られ候。是《これ》は一つは唯継事《ただつぐこと》近頃|不機嫌《ふきげん》にて、とかく内を外に遊びあるき居り候処《さふらふところ》、両三日前の新聞に善からぬ噂出《うはさい》で候より、心配の余《あまり》様子見に参られ候次第にて、其事に就き私へ懇々《こんこん》の意見にて、唯継の放蕩致候《ほうとういたしさふらふ》は、畢竟《ひつきよう》内《うち》のおもしろからぬ故《ゆゑ》と、日頃の事一々誰が告げ候にや、可恥《はづかし》き迄に皆知れ候て、此後は何分心を用ゐくれ候やうにと被申候《まをされさふらふ》。私事《わたくしこと》其節《そのせつ》一思《ひとおも》ひに不法の事を申掛け、愛想《あいそ》を尽され候やうに致し、離縁の沙汰《さた》にも相成候《あひなりさふら》はば、誠に此上無き幸《さいはひ》と存付《ぞんじつ》き候へども、此姑《このしうとめ》と申候人《まをしさふらふひと》
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