《ひとし》き苦艱《くげん》の募り候のみにて、いつ此責《このせめ》を免《のが》るるともなく存《ながら》へ候《さふらふ》は、孱弱《かよわ》き女の身には余《あまり》に余に難忍《しのびがた》き事に御座候。猶々《なほなほ》此のやうの苦《くるし》き思を致候《いたしさふらふ》て、惜むに足らぬ命の早く形付《かたづ》き不申《まをさざ》るやうにも候はば、いつそ自害致候てなりと、潔く相果て候が、※[#「※」は「しんにょう+向」、483−1]《はるか》に愈《まし》と存付《ぞんじつ》き候《さふら》へば、万一の場合には、然《さ》やうの事にも可致《いたすべく》と、覚悟極めまゐらせ候。
さまざまに諦《あきら》め申候《まをしさふら》へども、此の一事は迚《とて》も思絶ち難く候へば、私《わたくし》相果《あひは》て候迄《さふらふまで》には是非々々一度、如何に致候ても推《お》して御目《おんめ》もじ相願ひ可申《まをすべく》と、此頃は唯其事《ただそのこと》のみ一心に考居《かんがへを》り申候《まをしさふらふ》。昔より信仰厚き人達は、現《うつつ》に神仏《かみほとけ》の御姿《おんすがた》をも拝《をが》み候やうに申候へば、私とても此の一
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