さいまし」
「麦酒かい、余り飲みたくもないね」
「貴方そんな事を有仰《おつしや》らずに、まあ召上つて御覧なさいまし。折角|私《わたくし》が冷《ひや》して置きましたのですから」
「それは狭山君が帰つて来て飲むのだらう」
「何で御座いますつて?!」
「いや、常談ぢやない、さうなのだらう」
「狭山は、貴方、麦酒《ビイル》なんぞを戴《いただ》ける今の身分ぢや御座いませんです」
「そんなに堅く為《せ》んでも可いさ、内の人ぢやないか。もつと気楽に居てくれなくては困る」
お静は些《ちよ》と涙含《なみだぐ》みし目を拭《ぬぐ》ひて、
「この上の気楽が有つて耐《たま》るものぢや御座いません」
「けれども有物《あるもの》だから、所好《すき》なら飲んでもらはう。お前さんも克《い》くのだらう」
「はあ、私もお相手を致しますから、一盃《いつぱい》召上りましよ。氷を取りに遣りまして――夏蜜柑《なつみかん》でも剥《む》きませう――林檎《りんご》も御座いますよ」
「お前さん飲まんか」
「私も戴きますとも」
「いや、お前さん独《ひとり》で」
「貴方の前で私が独で戴くので御座いますか。さうして貴方は?」
「私は飲まん」
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