うに思迫《おもひつ》め候気《さふらふき》にも相成候上《あひなりさふらふうへ》に、日毎に闇《やみ》の奥に引入れられ候やうに段々心弱り候へば、疑《うたがひ》も無く信心の誠顕《まことあらは》れ候て、此の蓐《とこ》に就《つ》き候が元にて、はや永からぬ吾身とも存候《ぞんじさふらふ》まま、何卒《なにとぞ》これまでの思出には、たとひ命ある内こそ如何《いか》やうの御恨《おんうらみ》は受け候とも、今はの際《きは》には御前様《おんまへさま》の御膝《おんひざ》の上にて心安く息引取《いきひきと》り度《た》くと存候へども、それは※[#「※」は「りっしんべん+(篋−竹)」、461−3]《かな》はぬ罪深き身に候上は、もはや再び懐《なつかし》き懐き御顔も拝し難く、猶又前非の御ゆるしも無くて、此儘《このまま》相果て候事かと、諦《あきら》め候より外無く存じながら、とてもとても諦めかね候苦しさの程は、此心《このこころ》の外に知るものも、喩《たと》ふるものも無御座候《ござなくさふらふ》。是《これ》のみは御憎悪《おんにくしみ》の中にも少《すこし》は不愍《ふびん》と思召《おぼしめし》被下度《くだされたく》、かやうに認《したた》め
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