顔までも御前様《おんまへさま》のやうに見え候て、此頃は心も空に泣暮し居りまゐらせ候。
 久《ひさし》う御目《おんめ》もじ致さず候中《さふらふうち》に、別の人のやうに総《すべ》て御変《おんかは》り被成《なされ》候も、私《わたくし》には何《なに》とやら悲く、又|殊《こと》に御顔の羸《やつれ》、御血色の悪さも一方《ひとかた》ならず被為居候《ゐらせられさふらふ》は、如何《いか》なる御疾《おんわづらひ》に候や、御見上《おんみあ》げ申すも心細く存ぜられ候へば、折角御養生|被遊《あそばされ》、何は措《お》きても御身は大切に御厭《おんいと》ひ被成候《なされさふらふ》やう、くれぐれも念じ上《あげ》候。それのみ心に懸り候余《さふらふあまり》、悲き夢などをも見続け候へば、一入《ひとしほ》御案《おんあん》じ申上まゐらせ候。
 私事恥を恥とも思はぬ者との御さげすみを顧《かへりみ》ず、先頃|推《お》して御許《おんもと》まで参《さん》し候胸の内は、なかなか御目もじの上の辞《ことば》にも尽し難《がた》くと存候《ぞんじさふら》へば、まして廻らぬ筆には故《わざ》と何も記《しる》し申さず候まま、何卒《なにとぞ》々々|宜《よ
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