す際に、今の身請の客が附いたので御座います。丁度去年の正月頃から来出した客で、下谷《したや》に富山銀行といふのが御座います、あれの取締役で」
「え!? 何……何……何ですか!」
「御承知で御座いますか、あの富山|唯継《ただつぐ》と云ふ……」
「富山? 唯継!」
その面色、その声音《こわね》! 彼は言下《ごんか》に皷怒《こど》して、その名に躍《をど》り被《かか》らんとする勢《いきほひ》を示せば、愛子は駭《おどろ》き、狭山は懼《おそ》れて、何事とも知らず狼狽《うろた》へたり。貫一は轟く胸を推鎮《おししづ》めても、なほ眼色《まなざし》の燃ゆるが如きを、両個《ふたり》が顔に忙《せはし》く注ぎて、
「その富山唯継が身請の客ですか」
「はい、さやうで御座いますが、貴方は御存じでゐらつしやいますので?」
「知つてゐます! 好く……知つてゐます!」
狭山の打惑《うちまど》ふ傍《そば》に、女は密《ひそか》に驚く声を放てり。
「那奴《あいつ》が身請の?」
問はるる愛子は、会釈して、
「はい、さやうなんで御座います」
「で、貴方は彼に退《ひ》かされるのを嫌《きら》つたのですな」
「はい」
「さうすると
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