に眺《なが》めゐれば、よし今は憂くも苦くも、久《ひさし》く住慣れしこの世を去りて、永く返らざらんとする身には、僅《わづか》に一盃《いつぱい》の酒に対するも、又|哀別離苦《あいべつりく》の感無き能はざるなり。
 念《おも》へ、彼等の逢初《あひそ》めし夕《ゆふべ》、互に意《こころ》有りて銜《ふく》みしもこの酒ならずや。更に両個《ふたり》の影に伴ひて、人の情《なさけ》の必ず濃《こまやか》なれば、必ず芳《かうばし》かりしもこの酒ならずや。その恋中の楽《たのしみ》を添へて、三歳《みとせ》の憂《うさ》を霽《はら》せしもこの酒ならずや。彼はその酒を取りて、吉《よ》き事積りし後の凶の凶なる今夜の末期《まつご》に酬《むく》ゆるの、可哀《あはれ》に余り、可悲《かなし》きに過《すぐ》るを観じては、口にこそ言はざりけれど、玉成す涙は点々《ほろほろ》と散りて零《こぼ》れぬ。
「おまへの酌で飲むのも……今夜きりだ」
「狭山さん、私はこんなに苦労を為て置きながら、到頭一日でも……貴方と一処に成れずに、芸者|風情《ふぜい》で死んで了ふのが……悔《くやし》い、私は!」
 聞くも苦しと、男は一息に湯呑の半《なかば》を呷《
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