事を言はないで、一処に……連れて……往つて……下さいよ」
「一処に往くとも!」
「一処に! 一処に往きますよ!」
「さあ、それぢやこ、この世の……別に一盃《いつぱい》飲むのだ。もう泣くな、お静」
「泣、泣かない」
「さあ、那裏《あすこ》へ行つて飲まう」
男は先づ起ちて、女の手を把《と》れば、女はその手に縋《すが》りつつ、泣く泣く火鉢の傍《そば》に座を移しても、なほ離難《はなれがた》なに寄添ひゐたり。
「猪口《ちよく》でなしに、その湯呑《ゆのみ》に為やう」
「さう。ぢや半分づつ」
熱燗《あつがん》の酒は烈々《れつれつ》と薫《くん》じて、お静が顫《ふる》ふ手元より狭山が顫ふ湯呑に注がれぬ。
女の最も悲かりしは、げにこの刹那《せつな》の思なり。彼は人の為に酒を佐《たすく》るに嫻《なら》ひし手も、などや今宵の恋の命も、儚《はかな》き夢か、うたかたの水盃《みづさかづき》のみづからに、酌取らんとは想の外の外なりしを、唄《うた》にも似たる身の上|哉《かな》と、漫《そぞろ》に逼《せま》る胸の内、何に譬《たと》へん方《かた》もあらず。
男は燗の過ぎたるに口を着けかねて、少時《しばし》手にせるまま
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