果して雨と成りて、冷々《ひやひや》と密下《そぼふ》るほどに、宵の燈火《ともしび》も影|更《ふ》けて、壁に映《うつろ》ふ物の形皆寂く、憖《なまじ》ひに起きて在るべき夜頃《よごろ》ならず。さては貫一も枕《まくら》に就きたり。
ラムプを細めたる彼等の座敷も甚《はなは》だ静に、宿の者さへ寐急《ねいそ》ぎて後十一時は鳴りぬ。
凄《すさまじ》き谷川の響に紛れつつ、小歇《をやみ》もせざる雨の音の中に、かの病憊《やみつか》れたるやうの柱時計は、息も絶気《たゆげ》に半夜を告げわたる時、両箇《ふたり》が閨《ねや》の燈《ともし》は乍《たちま》ち明《あきら》かに耀《かがや》けるなり。
彼等は倶《とも》に起出でて火鉢《ひばち》の前に在り。
「膳《ぜん》を持つて来ないか」
「ええ」
女は幺微《かすか》なる声して答へけれど、打萎《うちしを》れて、なかなか立ちも遣《や》らず。
「狭山さん、私《わたし》は何だか貴方《あなた》に言残した事が未《ま》だ有るやうな心持がして……」
「吁《ああ》、もうかう成つちやお互に何も言はないが可《い》い。言へばやつぱり未練が出る」
彼は熟《じ》と内向《うつむ》きて、目を閉ぢたり
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