べ》那裏《あちら》のお客様がお帰《かへり》になるかと思つて、遅うまで待つてをりやしたで、今朝睡うござりやす」
「ああ、あのお客は昨夜《ゆふべ》は帰らずか」
「はい、お帰《かへり》が御座りやせん」
貫一はかの客の間の障子を開放《あけはな》したるを見て、咥楊枝《くはへようじ》のまま欄杆伝《てすりづた》ひに外《おもて》を眺め行く態《ふり》して、その前を過《すぐ》れば、床の間に小豆革《あづきがは》の手鞄《てかばん》と、浅黄《あさぎ》キャリコの風呂敷包とを並《なら》べて、傍《そば》に二三枚の新聞紙を引※[#「※」は「捏」の「日」の部分が「臼」、418−16]《ひつつく》ね、衣桁《いこう》に絹物の袷《あはせ》を懸けて、その裾《すそ》に紺の靴下を畳置きたり。
さては少《すこし》く本意無《ほいな》きまでに、座敷の内には見出《みいだ》すべき異状も有らで、彼は宿帳に拠《よ》りて、洋服仕立商なるを知りたると、敢《あへ》て背《そむ》くところ有りとも覚えざるなりき。
拍子抜して返《もど》れる貫一は、心私《こころひそか》にその臆測の鑿《いりほが》なりしを※[#「※」は「女+鬼」、419−2]《は》ぢざるにも
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