は病客なるべきをと心釈《こころと》けては、はや目も遣らずなりける間《ひま》に、男は浴《ゆあ》み果てて、貸浴衣《かしゆかた》引絡《ひきまと》ひつつ出で行きけり。
暮色はいよいよ濃《こまやか》に、転激《うたたはげし》き川音の寒さを添ふれど、手寡《てずくな》なればや燈《あかり》も持|来《きた》らず、湯香《ゆのか》高く蒸騰《むしのぼ》る煙《けむり》の中に、独《ひと》り影暗く蹲《うづくま》るも、少《すこし》く凄《すさまじ》き心地して、程無く貫一も出でて座敷に返れば、床間《とこのま》には百合の花も在らず煌々《こうこう》たる燈火《ともしび》の下に座を設け、膳《ぜん》を据ゑて傍《かたはら》に手焙《てあぶり》を置き、茶器|食籠《じきろう》など取揃《とりそろ》へて、この一目さすがに旅の労《つかれ》を忘るべし。
先づ衣桁《いこう》に在りける褞袍《どてら》を被《かつ》ぎ、夕冷《ゆふびえ》の火も恋《こひし》く引寄せて莨《たばこ》を吃《ふか》しゐれば、天地|静《しづか》に石走《いはばし》る水の響、梢《こずゑ》を渡る風の声、颯々淙々《さつさつそうそう》と鳴りて、幽なること太古の如し。
乍《たちま》ちはたはたと
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