ど、内には入《い》らで、始より滝に向へる欄干《らんかん》に倚《よ》りて、偶《たまた》ま人中を迷ひたりし子の母の親にも逢《あ》ひけんやうに、少時《しばし》はその傍《かたはら》を離れ得ざるなりき。
 楼前の緑は漸《やうや》く暗く、遠近《をちこち》の水音|冱《さ》えて、はや夕暮《ゆふく》るる山風の身に沁《し》めば、先づ湯浴《ゆあみ》などせばやと、何気無く座敷に入りたる彼の眼《まなこ》を、又|一個《ひとつ》驚かす物こそあれ。
 鞄《かばん》を置いたる床間《とこのま》に、山百合《やまゆり》の花のいと大きなるを唯《ただ》一輪|棒挿《ぼうざし》に活《い》けたるが、茎形《くきなり》に曲《くね》り傾きて、あたかも此方《こなた》に向へるなり。
 貫一は覚えず足を踏止めて、その※[#「※」は「目+登」、407−14]《みは》れる眼《まなこ》を花に注ぎつ。宮ははやここに居たりとやうに、彼は卒爾《そつじ》の感に衝《つか》れたるなり。
 既に幾処《いくところ》の実景の夢と符合するさへ有るに、またその殊に夢の夢なる一本《ひともと》百合のここに在る事、畢竟《ひつきょう》偶合に過ぎずとは謂へ、さりとては余りにかの夢とこ
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