そろ》しげなる沢の名なるよ。げに思へば、人も死ぬべき処の名なり。我も既に死なんとせしがと、さすが現《うつつ》の身にも沁《し》む時、宮にはあらで山百合《やまゆり》の花なりし怪異を又|懐《おも》ひて、彼は肩頭《かたさき》寒く顫《ふる》ひぬ。
卒《にはか》に踵《きびす》を回《かへ》して急げば、行路《ゆくて》の雲間に塞《ふさが》りて、咄々《とつとつ》、何等《なんら》の物か、と先《まづ》驚《おどろ》かさるる異形《いぎよう》の屏風巌《びようぶいは》、地を抜く何百|丈《じよう》と見挙《みあぐ》る絶頂には、はらはら松も危《あやふ》く立竦《たちすく》み、幹竹割《からたけわり》に割放《さきはな》したる断面は、半空《なかそら》より一文字に垂下《すいか》して、岌々《きゆうきゆう》たるその勢《いきほひ》、幾《ほとん》ど眺《なが》むる眼《まなこ》も留《とま》らず。
貫一は惘然《ぼうぜん》として佇《たたず》めり。
彼が宮を追ひて転《まろ》び落ちたりし谷間の深さは、正《まさ》にこの天辺《てつぺん》の高きより投じたらんやうに、冉々《せんせん》として虚空を舞下《まひくだ》る危惧《きぐ》の堪難《たへがた》かりしを想へ
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