《なん》ですか」
「往日《いつぞや》もお話致しましたが、金力で無理に私を奪つて、遂にこんな体にして了つた、謂はば私の讐《かたき》も同然なので。成程人は夫婦とも申しませうが私の気では何とも思つてをりは致しません。さうですから、自分の好いた方《かた》に惚《ほ》れて騒ぐ分は、一向|差支《さしつかへ》の無い独身《ひとりみ》も同じので御座います。
 間さん、どうぞ赤樫にお会ひ遊ばしたら、満枝の奴が惚れてゐて為方が無いから、内の御膳炊《ごぜんたき》に貰つて遣るから、さう思へと、貴方が有仰《おつしや》つて下さいまし。私|豊《とよ》の手伝でも致して、此方《こなた》に一生奉公を致します。
 貴方は大方赤樫に言ふと有仰《おつしや》つたら、震へ上つて私が怖《こは》がりでも為ると思召すのでせうが、私驚きも恐れも致しません、寧《むし》ろ勝手なのですけれど、赤樫がそれは途方に昧《く》れるで御座いませう」
 貫一はほとほと答ふるところを知らず。満枝も然《しか》こそは呆《あき》れつらんと思へば、
「それは実際で御座いますの。若し話が一つ間違つて、面倒な事でも生じましたら、私が困りますよりは余程赤樫の方が困るのは知れて
前へ 次へ
全708ページ中547ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング