と婢《をんな》を叱《しつ》して、颯《さ》と奥の間の紙門《ふすま》を排《ひら》けば、何ぞ図らん燈火《ともしび》の前に人の影在り。
彼は立てるままに目を※[#「※」は「目+登」、367−6]《みは》りつ。されど、その影は後向《うしろむき》に居て動かんとも為《せ》ず。満枝は未《いま》だ往かざるか、と貫一は覚えず高く舌打したり。女は尚《なほ》も殊更《ことさら》に見向かぬを、此方《こなた》もわざと言《ことば》を掛けずして子亭《はなれ》に入り、豊を呼びて衣を更《か》へ、膳《ぜん》をも其処《そこ》に取寄せしが、何とか為けん、必ず入来《いりく》べき満枝の食事を了《をは》るまでも来ざるなりき。却《かへ》りて仕合好《しあはせよ》しと、貫一は打労《うちつか》れたる身を暢《のびや》かに、障子の月影に肱枕《ひぢまくら》して、姑《しばら》く喫烟《きつえん》に耽《ふけ》りたり。
敢《あへ》て恋しとにはあらねど、苦しげに羸《やつ》れたる宮が面影《おもかげ》の幻は、頭《かしら》を回《めぐ》れる一蚊《ひとつか》の声の去らざらんやうに襲ひ来て、彼が切なる哀訴も従ひて憶出《おもひい》でらるれば、なほ往きかねて那辺《そこら
前へ
次へ
全708ページ中532ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング