とを置きて悄々《すごすご》還りぬ。
程無く貫一も焦げたる袂《たもと》を垂れて出行《いでゆ》けり。
彼はこの情緒の劇《はげし》く紛乱せるに際して、可煩《わづらはし》き満枝に※[#「※」は「夕/寅」、366−13]《まつは》らるる苦悩に堪へざるを思へば、その帰去《かへりさ》らん後までは決《け》して還らじと心を定めて、既に所在《ありか》を知られたる碁会所を立出《たちい》でしが、いよいよ指して行くべき方《かた》は有らず。はや正午と云ふに未《いま》だ朝の物さへ口に入れず、又半銭をも帯びずして、如何《いか》に為《せ》んとするにか有らん、猶降りに降る雨の中を茫々然《ぼうぼうぜん》として彷徨《さまよ》へり。
初夏の日は長かりけれど、纔《わづか》に幾局の勝負を決せし盤の上には、殆《ほとん》ど惜き夢の間に昏《く》れて、折から雨も霽《は》れたれば、好者《すきもの》どもも終《つひ》に碁子《きし》を歛《をさ》めて、惣立《そうだち》に帰るをあたかも送らんとする主の忙々《いそがはし》く燈《ひ》ともす比《ころ》なり、貫一の姿は始て我家の門《かど》に顕《あらは》れぬ。
彼は内に入《い》るより、
「飯を、飯を!」
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