には顔を見ずに行つても、あの人は平気なのかしらん。
女と云ふ者は一体男よりは情が濃《こまやか》であるべきなのだ。それが濃でないと為れば、愛してをらんと考へるより外は無い。豈《まさか》にあの人が愛してをらんとは考へられん。又|万々《ばんばん》そんな事は無い。けれども十分に愛してをると云ふほど濃ではないな。
元来あの人の性質は冷淡さ。それだから所謂《いはゆる》『娘らしい』ところが余り無い。自分の思ふやうに情が濃でないのもその所為《せゐ》か知らんて。子供の時分から成程さう云ふ傾向《かたむき》は有《も》つてゐたけれど、今のやうに太甚《はなはだし》くはなかつたやうに考へるがな。子供の時分にさうであつたなら、今ぢや猶更《なほさら》でなければならんのだ。それを考へると疑ふよ、疑はざるを得ない!
それに引替へて自分だ、自分の愛してゐる度は実に非常なもの、殆《ほとん》ど……殆どではない、全くだ、全く溺《おぼ》れてゐるのだ。自分でもどうしてこんなだらうと思ふほど溺れてゐる!
これ程自分の思つてゐるのに対しても、も少し情が篤《あつ》くなければならんのだ。或時などは実に水臭い事がある。今日の事なども随
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