りたいと」
「でも、私《わたくし》は誠に参り難《にく》いので御座いますよ、何だかお話が大変込入つてお在《いで》のやうで御座いますから」
「かまはんぢやありませんか、私がさう申したと言つて行くのですもの」
「ではさう申上げて参りますです」
「はあ」
 老婢は行きて、紙門《ふすま》の外より、
「旦那さま、旦那さま」
「此方《こちら》にお在《いで》は御座いませんよ」
 かく答へしは客の声なり。豊は紙門《ふすま》を開きて、
「おや、さやうなので御座いますか」
 実《げ》に主《あるじ》は在らずして、在るが如くその枕頭《まくらもと》に坐れる客の、猶悲《なほかなしみ》の残れる面《おもて》に髪をば少し打乱《うちみだ》し、左の※[#「※」は「ころもへん+各」、358−10]《わきあけ》の二寸ばかりも裂けたるままに姿も整はずゐたりしを、遽《にはか》に引枢《ひきつくろ》ひつつ、
「今し方|其方《そちら》へお出《いで》なすつたのですが……」
「おや、さやうなので御座いますか」
「那裡《あちら》のお客様の方へお出《いで》なすつたのでは御座いませんか」
「いいえ、貴方、那裡《あちら》のお客様が急ぐと有仰《おつしや
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