づか》ら他の悔い悲める宮在るを忘るる能《あた》はずなりぬ。されど、その忘るる能はざるも、遽《にはか》に彼を可懐《なつかし》むにはあらず、又その憤の弱れるも、彼を赦し、彼を容《い》れんと為るにあらずして、始《はじめ》に恋ひしをば棄てられ、後には棄てしを悔らるる身の、その古き恋はなほ己《おのれ》に存し、彼の新なる悔は切に※[#「※」は「夕/寅」、347−15]《まつは》るも、徒《いたづら》に凍えて水を得たるに同《おなじ》かるこの両《ふたつ》の者の、相対《あひたい》して相拯《あひすく》ふ能はざる苦艱《くげん》を添ふるに過ぎざるをや。ここに於て貫一は披かぬ宮が文に向へば、その幾倍の悲きものを吾と心に読みて、かの恨ならぬ恨も生じ、かの憤《いかり》ならぬ憤も発して、憂身独《うきみひとり》の儚《はかな》き世をば如何《いか》にせんやうも知らで、唯安からぬ昼夜を送りつつ、出づるに入るに茫々《ぼうぼう》として、彼は屡《しばし》ばその貪《むさぼ》るをさへ忘るる事ありけり。劇《はげし》く物思ひて寝《い》ねざりし夜の明方近く疲睡を催せし貫一は、新緑の雨に暗き七時の閨《ねや》に魘《おそは》るる夢の苦く頻《しきり》
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