なるべし。彼の忙《せは》しげに格子を啓《あく》るを待ちて、紳士は優然と内に入《い》らんとせしが、土間の一面に充満《みちみち》たる履物《はきもの》の杖《つゑ》を立つべき地さへあらざるに遅《ためら》へるを、彼は虚《すか》さず勤篤《まめやか》に下立《おりた》ちて、この敬ふべき賓《まらうど》の為に辛《から》くも一条の道を開けり。かくて紳士の脱捨てし駒下駄《こまげた》のみは独《ひと》り障子の内に取入れられたり。
(一) の 二
箕輪《みのわ》の奥は十畳の客間と八畳の中の間《ま》とを打抜きて、広間の十個処《じつかしよ》に真鍮《しんちゆう》の燭台《しよくだい》を据ゑ、五十|目掛《めかけ》の蝋燭《ろうそく》は沖の漁火《いさりび》の如く燃えたるに、間毎《まごと》の天井に白銅鍍《ニッケルめつき》の空気ラムプを点《とも》したれば、四辺《あたり》は真昼より明《あきらか》に、人顔も眩《まばゆ》きまでに耀《かがや》き遍《わた》れり。三十人に余んぬる若き男女《なんによ》は二分《ふたわかれ》に輪作りて、今を盛《さかり》と歌留多遊《かるたあそび》を為《す》るなりけり。蝋燭の焔《ほのほ》と炭火の熱と多人数
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