忘れませんよ」
 女は唯|愈《いよい》よ咽《むせ》びゐたり。音も立てず臥《ふ》したりし貫一はこの時忍び起きて、障子の其処此処《そこここ》より男を隙見《すきみ》せんと為たりけれど、竟《つひ》に意《こころ》の如くならで止みぬ。然《しか》れども彼は正《まさし》くその声音《こわね》に聞覚《ききおぼえ》あるを思合せぬ。かの男は鰐淵の家に放火せし狂女の子にて、私書偽造罪を以て一年の苦役を受けし飽浦雅之《あくらまさゆき》ならずと為《せ》んや。さなり、女のその名を呼べるにても知らるるを、と独《ひと》り頷《うなづ》きつつ貫一は又|潜《ひそま》りて聴耳立てたり。
「嘘《うそ》にもさうして志は忘れないなんて言つて下さる程なら、やつぱり約束通り私を引取つて下さいな。雅さんがああ云ふ災難にお遭《あひ》なので、それが為に縁を切る意《つもり》なら、私は、雅さん、……一年が間……塩断《しほだち》なんぞ為はしませんわ」
 彼は自らその苦節を憶《おも》ひて泣きぬ。
「雅さんが自分に悪い事を為てあんな訳に成つたのぢやなし、高利貸の奴に瞞《だま》されて無実の罪に陥ちたのは、雅さんの災難だと、私は倶共《ともども》に悔《くや》し
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