付け、隻《ひとり》の母親は……殺して了ひ、又その上に……許婚《いひなづけ》は破談にされ、……こんな情無い思を為る位なら、不如《いつそ》私は牢《ろう》の中で死んで了つた……方が可かつた!」
「あれ、雅さん、そんな事を……」
 両箇《ふたり》は一度に哭《な》き出《いだ》せり。
「阿母さんがあん畜生《ちきしよう》の家を焼いて、夫婦とも焼死んだのは好い肚癒《はらいせ》ぢやあるけれど、一旦私の躯に附いたこの疵は消えない。阿母さんも来月は鈴《すう》さんが来てくれると言つて、朝晩にそればかり楽《たのしみ》にして在《ゐな》すつた……のだし」
 女《をんな》はつと出でし泣音《なくね》の後を怺《こら》へ怺へて啜上《すすりあ》げぬ。
「私《わたし》も破談に為《す》る気は少も無いけれど、これは私の方から断るのが道だから、必ず悪く思つて下さるな」
「いいえ……いいえ……私は……何も……断られる訳はありません」
「私に添へば、鈴さんの肩身も狭くなつて、生涯何のかのと人に言れなけりやならない。それがお気毒だから、私は自分から身を退《ひ》いて、これまでの縁と諦《あきら》めてゐるので、然し、鈴さん、私は貴方の志は決して
前へ 次へ
全708ページ中493ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング