人の左右に傍《そ》ひて、目に物見んと揉立《もみた》てたり。婦人は途《みち》を来つつ被物《かぶりもの》を取りぬ。紋羽二重《もんはぶたへ》の小豆鹿子《あづきかのこ》の手絡《てがら》したる円髷《まるわげ》に、鼈甲脚《べつこうあし》の金七宝《きんしつぽう》の玉の後簪《うしろざし》を斜《ななめ》に、高蒔絵《たかまきゑ》の政子櫛《まさこぐし》を翳《かざ》して、粧《よそほひ》は実《げ》に塵《ちり》をも怯《おそ》れぬべき人の謂《い》ひ知らず思惑《おもひまど》へるを、可痛《いたは》しの嵐《あらし》に堪《た》へぬ花の顔《かんばせ》や、と群集《くんじゆ》は自《おのづか》ら声を歛《をさ》めて肝に徹《こた》ふるなりき。
いと更に面《おもて》の裹《つつ》まほしきこの場を、頭巾脱ぎたる彼の可羞《はづか》しさと切なさとは幾許《いかばかり》なりけん、打赧《うちあか》めたる顔は措《お》き所あらぬやうに、人堵《ひとがき》の内を急足《いそぎあし》に辿《たど》りたり。帽子も鉄鞭《てつべん》も、懐《ふところ》にせしブックも、薩摩下駄《さつまげた》の隻《かたし》も投散されたる中に、酔客《すいかく》は半ば身を擡《もた》げて血を流せ
前へ
次へ
全708ページ中426ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング