打つて二間も彼方《そなた》へ撥飛《はねとば》さるると斉《ひとし》く、大地に横面擦《よこづらす》つて僵《たふ》れたり。不思議にも無難に踏留《ふみとどま》りし車夫は、この麁忽《そこつ》に気を奪れて立ちたりしが、面倒なる相手と見たりけん、そのまま轅《かぢ》を回して逃れんとするを、俥の上なる黒綾《くろあや》の吾妻《あづま》コオト着て、素鼠縮緬《すねずみちりめん》の頭巾被《づきんかぶ》れる婦人は樺色無地《かばいろむじ》の絹臘虎《きぬらつこ》の膝掛《ひざかけ》を推除《おしの》けて、駐《と》めよ、返せと悶《もだ》ゆるを、猶《なほ》聴かで曳々《えいえい》と挽《ひ》き行く後《うしろ》より、
「待て、こら!」と喝《かつ》する声に、行く人の始て事有りと覚《さと》れるも多く、はや車夫の不情を尤《とが》むる語《ことば》も聞ゆるに、耐《たま》りかねたる夫人は強《しひ》て其処《そこ》に下車して返り来《きた》りぬ。
 例の物見高き町中なりければ、この忙《せはし》き際《きは》をも忘れて、寄来《よりく》る人数《にんず》は蟻《あり》の甘きを探りたるやうに、一面には遭難者の土に踞《つくば》へる周辺《めぐり》を擁し、一面には婦
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