起れる事、又は見るべからざる人の心に浮べる事どもは、貫一の知る因《よし》もあらねど、片時《へんじ》もその目の忘れざる宮の様子の常に変れるを見出《みいだ》さんは難《かた》き事にあらず。さも無かりし人の顔の色の遽《にはか》に光を失ひたるやうにて、振舞《ふるまひ》など別《わ》けて力無く、笑ふさへいと打湿《うちしめ》りたるを。
 宮が居間と謂《い》ふまでにはあらねど、彼の箪笥《たんす》手道具|等《など》置きたる小座敷あり。ここには火燵《こたつ》の炉を切りて、用無き人の来ては迭《かたみ》に冬籠《ふゆごもり》する所にも用ゐらる。彼は常にここに居て針仕事するなり。倦《う》めば琴《こと》をも弾《ひ》くなり。彼が手玩《てすさみ》と見ゆる狗子柳《いのこやなぎ》のはや根を弛《ゆる》み、真《しん》の打傾きたるが、鮟鱇切《あんこうぎり》の水に埃《ほこり》を浮べて小机の傍《かたへ》に在り。庭に向へる肱懸窓《ひぢかけまど》の明《あかる》きに敷紙《しきがみ》を披《ひろ》げて、宮は膝《ひざ》の上に紅絹《もみ》の引解《ひきとき》を載せたれど、針は持たで、懶《ものう》げに火燵に靠《もた》れたり。
 彼は少《すこし》く食して
前へ 次へ
全708ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング