へぬ。かの狂女の去りも遣《やら》ざりしが捕《とらは》れしなり。
 火元と認定せらるる鰐淵方《わにぶちかた》は塵一筋《ちりひとすぢ》だに持出《もちいだ》さずして、憐《あはれ》むべき一片の焦土を遺《のこ》したるのみ。家族の消息は直《ただ》ちに警察の訊問《じんもん》するところとなりぬ。婢《をんな》は命|辛々《からがら》迯了《にげおほ》せけれども、目覚むると斉《ひとし》く頭面《まくらもと》は一面の火なるに仰天し、二声三声奥を呼捨《よびすて》にして走り出《い》でければ、主《あるじ》たちは如何《いか》になりけん、知らずと言ふ。夜明けぬれど夫婦の出で来ざりけるは、過《あやまち》など有りしにはあらずやと、警官は出張して捜索に及べり。
 熱灰《ねつかい》の下より一体の屍《かばね》の半《なかば》焦爛《こげただ》れたるが見出《みいだ》されぬ。目も当てられず、浅ましう悒《いぶせ》き限を尽したれど、主《あるじ》の妻と輙《たやす》く弁ぜらるべき面影《おもかげ》は焚残《やけのこ》れり。さてはとその邇《ちか》くを隈無《くまな》く掻起《かきおこ》しけれど、他に見当るものは無くて、倉前と覚《おぼし》き辺《あたり》より始め
前へ 次へ
全708ページ中399ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング